第14話 不吉な予感

「では、それぞれのお部屋にご案内いたします」


 中に入ると、趣のある庭園が広がっていた。古典の教科書に出てきそうな風景に、サヤカはほんのり旅行気分になった。


「いいえ。一緒の部屋で大丈夫です」

「え"!?」


 灯指の衝撃発言に、サヤカは驚愕して彼を見上げた。


「良いのですか? その……」


 少女は戸惑いながら、サヤカの方に目を向けた。それはそうだろう。同性ですら部屋を分ける場合があるのに、男女で同じ部屋に泊まると主張されたのだから。


「ええ。無条件で泊めていただけるのに、何部屋も占領するわけにはいきませんから」


 にっこりと笑う灯指には、何とも言えぬ威圧感があった。言い返そうものなら、雷を落とされて死んでしまいそうだ。サヤカだけでなく、重太丸まで表情をこわばらせて黙りこくった。


「……承知いたしました」


 少女も、それ以上言うことはなく、あっさりと了承した。


(あとで説明するね)


 灯指が、2人の脳内に語りかけた。意味を考えようとする頃には、少女はしずしずと歩き始めていた。


 ◇


「わぁ~!」


 庭に面した長い廊下を歩き、案内されたのは、旅館の一室ほどの大きさの部屋。几帳や置き畳、屏風などが設置されており、いかにも平安時代といった様式だった。


「こういうの、寝殿造っていうんだっけ。なんだか新鮮!」


 旅行気分で、サヤカはごろんと床に寝そべった。板の感触は固かったが、久方ぶりにリラックスできた気がして、心地よく感じた。


「そういえば、テーブルないのかな、テーブル!」

「貴様はさっきから、何を訳わからんことをほざいてる?」

「え~、テーブル知らないのぉ?」


 ……平安時代の少年が知っている訳がない。そんなことは分かっているが、今のサヤカは変なテンションになっていた。だが、だる絡みされた重太丸はたまったものではない。彼は、嫌悪感剥き出しでサヤカを見下ろすと、すたすたと部屋の隅に逃げていった。


「失礼いたします。お食事をお持ちしました」


 几帳の外から、少女の声が聞こえた。「食事」という言葉に、サヤカの顔が綻ぶ。


「はーい! ありが……」


 返事をしようとしたサヤカの口を、灯指が塞いだ。


「お気遣いありがとう。寝床を提供してくれるだけで助かってるのに、ご飯までいただけないよ」


 灯指のまさかの行動に、サヤカは驚愕した。なんとか拘束を外そうともがくも、ビクともしない。すごい力だった。


「……? 気にすることはございません。客人をもてなすのが、家主の礼節というもの。お膳をお出しするのは当然でございましょう?」


 無料でご飯を受け取ることに、デメリットなど存在しない。むしろ好都合だ。少女は当然、灯指の言動を不思議がった。


「そこまでしなくて大丈夫だよ。寝床さえ提供してもらえたら、こっちは満足さ」

「ん"~っ! んぅ~っ!!」


 そんなわけない。ご飯は食べたい。お風呂も入りたい。サヤカは必死に訴えたかったが、灯指の手に塞がれてうめき声しか出ない。


「……承知いたしました。では、ご就寝の時間になりましたら、またお伺いしますわ。何か御用があれば、いつでも仰せつかってくださいまし」


 そう告げると、少女は立ち去ってしまった。サヤカが絶望していると、灯指がため息とともに拘束を解いた。


「ちょっとぉ! 何すんのよ、せっかくご飯食べれたかもしれないのに!」


 すかさず、サヤカはブーイングを入れた。


「部屋だって、ごり押しで全員一緒にしたし! わたし女子だよ!? なんで男と同部屋にすんのよ!」

「貴様の裸になんぞ毛ほどの興味もない」

「なにをぅ!?」

「だが、飯に関しては女に同意だ。一体何を考えているのだ、術士?」


 サヤカを無視し、重太丸は不服を申し立てた。今更同調してくる彼に、サヤカはカチンと来た。


「黙ってたくせに何言ってんのよ!?」

「貴様がやり込められている様は溜飲が下がったからな」

「はあぁ!?」


 人間にとって――いや、生物にとって必要不可欠な食事を拒否してまで見たいものなのだろうか。想像よりも狂っていた重太丸の感性に、サヤカはドン引きした。


「そんなに飯が食いたいなら、急いで女の後を追って無様におねだりしてきたらどうだ?」

「あんたがしなさいよ! あんたが黙ってたから……」

「はーい、いったん落ち着こうか」


 灯指が指を強く光らせ、2人の視界を真っ白にした。あまりの眩しさに、とっさに目を覆う2人。ケンカは一瞬にして止まったのだった。


「タダで泊めてくれるっていうのに、それ以上求めるのはよろしくないなぁ」


 そう言った直後、灯指は2人の脳内に話しかけ始めた。


(何があるか分からないから、本当の意図はこうやって話すね。サヤカちゃんと重太丸君の間でのやりとりはできないけど、ぼくには通じるから、言いたいことがあったら心の中で言って)


 何やら尋常でない様子に、サヤカと重太丸は身体を強張らせた。灯指に目線で促されるまま、2人仲良くすとんと床に腰を下ろした。


(まず、3人全員を同室にした理由だけど、きみたちには、ぼくの目の届く範囲にいてほしかったんだ)


 神妙な面持ちで、灯指は考えを伝え始める。


(ぼくは、あの女を信用していない。タダで寝床を提供してくれる上に、ご飯までくれるなんて、何か裏があると思わなかった?)


 言語化されてみれば、その通りだ。世界が滅亡の危機に瀕しているというのに、何の見返りもなく赤の他人に施しを与える人間など、存在するのだろうか。自分が生きるために少しでも貯蓄を残すか、他者に与えるとしても何か見返りを求めるのが自然だ。

 ――そう、少女の行動は、サヤカ達だけにとって、好都合が過ぎるのだ。こんなにも簡単なことに気づけなかったと、サヤカはしょんぼりと俯いた。


(なるほどな。毒を警戒したわけだ)


 重太丸が、灯指に語りかけた。


(そ。盛られてても何もおかしくないからね。ついでに言うと、お風呂も駄目だよ。劇物が混入されているかもしれない。それから、寝るのも危険だ。寝込みを襲われる可能性がある)


(そこまで警戒してて、なんで屋敷に行く選択をしたの……?)


 サヤカが問いかける。


(重太丸君は、何を言っても聞かなそうだったからね。かと言って、神通力を使ったらサヤカちゃんが悲しむから。そして、ここで重太丸君と離れるのも痛手。なら、ぼくが最大限警戒するようにして、屋敷に入るのがいちばん丸く収まりそうって判断したんだ)


(フン。まるで、おれのせいで危機に瀕しているとでもいいたげだな)


(実際そうだろ。反省しなよ)


 灯指にたしなめられ、重太丸は悔しげに顔を俯かせた。


(それから不自然な点がもう1つ。あの女、服装からして、それなりに身分があると見た。最上位ではないだろうけどね。身分のある者が、1人で、しかも小間使いみたいなことをするだなんて、どうも考えにくくて。その辺も含めて、怪しいかな)


 ――たしかに、この部屋に案内されるまで、人の気配がまるでなかった。少女1人で管理できる規模ではないし、貴族が付き人1人つけないのも不自然だ。

 サヤカは、数分前のはしゃいでいた自分を、ぶん殴りたくなった。


(いろいろ言ったけど、食事と風呂は絶対に断ることを守ってくれたらいいから。ぼくが伝えたかったのは、以上だよ)


 そう伝えると、灯指は神通力を解いた。


「それじゃあ、あの屏風に描かれてる絵について話でもしようか」


 灯指は、いつも通りの口調で、何事もなかったかのように言うのだった。




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