二章 芥どもの戯れ

第13話 不気味な屋敷

 何故か混ざり合っていた承平天慶の乱を治め、無事1つめの石「阿難」を手に入れた一行。喜ぶのもつかの間、力を使い果たした弥勒が、早くも行動不能となってしまった。石となってしまった弥勒を衣服の中に入れ、残された者で奮闘することを誓う。サヤカ、灯指、そして新たに加わった重太丸の3人は、次の石に向けて再出発をしたのだった。


「や……やっぱり長い……」


 灯指の示した光の道を、淡々と歩く一行。灯指は平然としているが、サヤカと重太丸の表情には、疲れが見え始めていた。


「大丈夫? 重太丸くん。だいぶ疲れてそうだけど」

「……」


 問いかけに答えることなく、重太丸はギロリとサヤカを睨みつけた。年齢とそぐなぬ威圧感に、サヤカは気圧されて何も言えなくなった。


「せっかく心配してくれてるのに、その言い草はないんじゃないの?」

「……フン」


 灯指の指摘に、重太丸は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「……。ちょっと休憩しようか。2人とも疲れてそうだし」


 少し顔をしかめた灯指だったが、すぐに表情を明るくして提案した。「休憩」の2文字に、サヤカの表情が綻ぶ。


「よかったぁ。もう足が痛くて」


 重太丸が鬼の形相でサヤカを睨みつけたが、彼女が気づくことはなかった。


「それにしても、どこで休むの?」


 困り顔で、辺りを見渡すサヤカ。それもそのはず、周りにあるのは、枯れた木々と、ゴツゴツとした岩だけ。とてもではないが、休息をとれる環境ではない。


「まあ、大丈夫。ぼくがなんとか――」

「おい!」


 灯指の言葉を遮り、重太丸がぶっきらぼうに言った。


「あそこに屋敷がある」


 重太丸の指さす方向に、たしかに屋敷があった。寂れているが存在感がある。規模からして、それなりに身分のある者が住んでいるのだろう。

 しかし、当然屋敷の周囲には目立ったものは何もなく、どことなく不気味さを漂わせていた。


「……きみ、正気?」


 ため息交じりに灯指が言った。


「あんな所に、堂々と一軒家が建ってるなんておかしいでしょ。どう見たって普通じゃない。罠だよ」

「貴様がそう思うのなら、そこら辺で砂まみれになって寝ていればいい。おれは疲れた、あの屋敷へ行く」


 そう吐き捨てると、重太丸はずんずんと屋敷へと進んでいった。


「あ、待って――」


 慌てて後を追おうとするサヤカを、灯指が引き留めた。


「放っておこう。はぐれて困るのはあの子だ。すぐに痛い目見て出てくるよ」

「じゃあ、わたしたちはどうやって休むの?」

「それは、ぼくが神通力で――」

「ダメ!!」


 弥勒が力を使い果たした時の記憶が、フラッシュバックする。灯指まで石や異形に変わってしまったら、今度こそ終わりだ。顔を青ざめさせながら、サヤカは全力で首を横に振った。


「神通力のこと、よくわからないけど……。今までのことを察するに、働きかける範囲が大きければ大きいほど、負担がかかるんでしょ? わたしたちを快適に休ませるために、灯指さんが無理をしたら、また……」


 身体を震わせるサヤカに、灯指は困り果てた顔で考え込んだ。2人の間に、重々しい沈黙が流れる。彼らが思い悩んでいる間にも、その後ろで重太丸はずんずんと屋敷へ向かって進んでいく。

 やがて、灯指は大きくため息を吐くと、サヤカの手を引き歩き出した。向かう先は、重太丸の進行方向――不気味な屋敷だ。


「行こう。色々考えたけど、あの屋敷に行くのが最善みたいだ」


 灯指の答えに、サヤカの表情が綻んだ。神通力を使わない選択をしてくれたことに、とてつもない安堵を覚える。


 ――ほどなくして、2人は門の前に到着した。そこに、重太丸が不機嫌そうに立っている。一応待ってくれていたようだ。


「えっと、ノックすればいいのかな? 外から呼びかける? すみま――」


 サヤカが屋敷の中に呼びかけようとした時、ギィィ……、と不気味な音とともに門が開いた。現れたのは、ゾッとするほどに綺麗な少女だった。地面につくほどの黒い長髪に、小袿こうちぎを身に纏ったその姿は、明らかに平安時代のものだ。


「このような辺鄙な所へ、ようこそおいでくださいました。何もない家ですが、どうぞ、おくつろぎなさってくださいまし」


 そう言うと、少女はサヤカ達を門の内へと誘導した。どうやら、もてなしてくれるようだ。


「あの、宿代ってどれくらいかかりますか……?」


 おずおずと、サヤカが質問する。すると、少女はにっこりと微笑んだ。


「お代はいりません。このような状況ですから。お互い、助け合わなければならないでしょう?」

「えっ、本当ですか!? ありがとうございます!!」


 サヤカは深々と頭を下げると、心を弾ませながら少女の後に続いた。残る2人も、続いて中へ入っていく。


「よかったぁ、お布団で寝れるんだ」


 喜ぶサヤカ。その後ろで、重太丸も嬉しそうに口角を上げた。


「……大丈夫かな」


 不安を抱きつつも、灯指は2人の後ろについていくのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る