第11話 一難去ってまた一難

 戦場から離れ、灯指の示した道を歩くサヤカ達。その列の中には、新たに仲間となった重太丸も加わっている。旅の仲間が増えたのは喜ばしいことなのだが……。


「……」


 会話がだった。3人の時は気軽に話せていたのが、互いに敵対意識が抜けきらないのか、空気が重い。加えて、景色は相変わらず変わり映えがなく、激しい戦闘の後だ。サヤカの心労は、限界に達しようとしていた。


「さて、重太丸さん」


 ふいに、弥勒が立ち止まって言った。


「頃合いでしょう。手持ちの石をお見せください」

「……おれが囮だと疑っているのか?」


 再び武装を身に纏った重太丸は、ギロリと弥勒を睨みつけた。


「きみ、自分の立場分かってる? 信用されたかったら、誠意を見せるくらいしたら?」

「────ッ!」


 灯指の難詰に、重太丸は歯を剥き出しにして太刀に手をかけた。和解したはずが、またもや一触即発の空気となってしまう。


「相手を不必要に追い詰める発言は感心しませんよ、灯指さん」


 2人の間に割り込み、弥勒が言った。


「重太丸さん。貴方が何の石をお持ちなのか、私と灯指さんにはすぐに分かります。ですが、サヤカさんは違います」


 そう言うと、弥勒はやさしく微笑んだ。


「直接的に、分かりやすく説明したいので、石をお借りしてもよろしいですか?」


(仲間になるからとか、初石ゲットだからとかじゃないんだ……)


 予想していたものと違った理由に、サヤカは少し困惑を覚えた。


「……分かった」


 少しの沈黙の後、重太丸は了承した。


「なんかごめんね。脱ぎ着するのめんどいよね」


 サヤカの言葉には答えず、手際よく武装を解いていく重太丸。ほどなくして、水干姿となった彼は、衣服の内に忍ばせていた石を、乱雑に弥勒に手渡した。


「ありがとうございます。これが十大弟子の封じられた石です」

「これが……」


 渡された石を、サヤカはまじまじと見た。石は丸く滑らかで、手のひらに収まるほどの小さなサイズだった。表面に「阿難」と書いてある点以外は、いたって普通の石に見える。


「えっと、これを手に入れたってことは、そのって人の得意とする力が使える、っていうこと?」

「ええ、その通りです。彼の力は――」


 説明をしようとしたその時、弥勒の足元が大きくぐらついた。そしてそのまま、彼は力なく地面に倒れこんでしまった。


「えっ!? 弥勒さん!?」


 突然の出来事に、サヤカは青ざめた顔で口元を手で覆った。手からこぼれてしまった阿難の石は、地面に落ちずにジャージのポケットの中に入り込んだ。


「ああ、もう! だから力を使いすぎるなって言ったのに!」


 灯指がすぐさま駆け寄り、弥勒を介抱した。


「申し訳……ありません……。ですが、多少無理をしなければ、乗り切ることはできなかった……」


 消え入りそうな声で、うわごとのように弥勒が言う。


「喋らないで。どこか体を休められるところへ行こう」


 灯指の提案に、弥勒は力なく首を振った。


「しばしの間……眠りにつきます。私が回復するまで、サヤカさん達のこと……頼みましたよ」


 そこまで言うと、弥勒は目を閉じた。力を失った腕がだらんと垂れ、気を失ったことが明確になった、その直後。弥勒の体が、瞬く間に薄れていった。


「弥勒さ……」


 サヤカが名を呼ぶころには、弥勒の肉体は完全に消失していた。まるで、人の死に直面しているかのよう。ショッキングな光景に、サヤカは茫然と言葉を失った。

 

「しばらく再起不能だね、こりゃ」


 灯指が淡々と呟き、サヤカのもとへやってきた。見せられた手のひらの上には、瑠璃色の美しい宝石があった。


「これは……?」

「弥勒さんが消耗した姿さ。今、世界がこんな状況だからね。力を使いすぎると、まともに人の形を保っていられないんだ」

「じ、じゃあ――」

「安心して。時間が経てば、弥勒さんはもとに戻るから」


 ショックを受けるサヤカを慰めるように、灯指はそっと彼女の手を取った。


「弥勒さんに比べたら、ぼくは頼りないかもしれない。でも、この世界の事情とか諸々、弥勒さんから引き継いでいるから大丈夫」


 そう言って、灯指はにっこりと微笑んだ。


「弥勒さんが戻ってくるまでの間、ぼくたちでなんとか頑張ろう、ね?」


 灰色の空に、荒れ果てた自然。封じられた釈迦に、舞い降りた未来仏。争いを繰り広げる平将門と藤原純友。生きているのに出現した遺骨。

 ――そう、全てが混沌とした世界。右も左も分からないし、自分自身の力もよく理解できていない。それでも……。


「――――はい!」


 前に進むしかない。どんなことが起きても、最終的には受け止めなければいけない。覚悟を決めて、サヤカは力強く頷くのだった。






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