第10話 新たな仲間
サヤカの衝撃的な発言に、皆が固まった。将門や純友のみならず、弥勒と灯指までもが唖然としてしまう。
「しょ……しょしょしょ正気!? サヤカちゃん!」
我に返った灯指が、慌ててサヤカのもとへ駆け寄った。
「その子、サヤカちゃんのこと何回も殺そうとしたんだよ!? 何考えてるの!?」
「だって、このままじゃ喧嘩になりそうだったから……」
「だからって……!」
「そ、それに、仲間は多いほうがいいんじゃないかな~って?」
助けを求めるように、サヤカは弥勒に視線を送る。期待どおり、弥勒はこくりと頷いた。
「賢明な選択だと思いますよ。彼の存在は、私たちの旅を良い方向に導いてくださるでしょう」
「弥勒さんまで……」
同調の意を示す弥勒に、灯指はがっくりと肩を落とした。
「異論はありませんか? 将門さん、純友さん──そして、重太丸さん」
順に視線を送り、問いかける弥勒。将門も純友も、一時困惑していたが、すぐに吹っ切れたような表情を浮かべた。
「まあ、勝者はあの女だしな。認めざるを得まい。のう? 純友よ」
そう言って、将門は純友に目をやった。純友はそれに頷くと、サヤカの前にやってきた。
「女。お前、名はなんという?」
「は、はい。
「では、サヤカ。お前、自分がどれだけ酔狂なことをしているか、分かっているのか?」
純友が、品定めするような目で見下ろしてくる。緊張で身体を強張らせながらも、サヤカは必死に答えを探した。
「こ、このままじゃ、灯指さんが殺されると思ったから……」
「はははははッ! 他者のために自らの命を軽んずるか! お前らの思想も、到底理解しがたいぞ!」
快活に笑うと、純友は意地悪く口角を上げた。
「ところでサヤカ。打ち負かした相手を己の軍門に勧誘するのは、俺らにとってこの上ない侮辱だが──その辺、分かってるか?」
そう問われて、サヤカは顔を蒼白にした。
彼らは、敗北による自害を阻まれて激昂していた。それを、サヤカは阻むだけでなく、仲間に引き入れようとした。事態を収めるどころか、悪化させてもおかしくはない。
「ごめんなさい。そこまで考えてなかった……」
「だろうな。少しでも悪意があったら、容赦なく斬り捨てていたところだ」
そう言うと、純友は重太丸に目を向けた。
「どうだ、重太丸。この女はそう言ってるが──ついていくか?」
父親の問いに、沈黙する重太丸。彼の目は、じっとサヤカを見つめていた。穴が空くくらいに見られ、サヤカは気まずさに視線を逸らした。
「……行かせてください」
淡々とした声色で返答すると、重太丸は父親の前に土下座をした。
「無様に敗北を晒した恥辱は、旅先にて難敵を討つことで晴らしまする! 故にどうか、彼らの同胞になることを御許しくだされ!」
純友は、腕を組みながら意志を聞き届けると、その場に跪き、息子の頭を撫でた。
「行ってこい!」
激励とともに力強く肩を叩かれ、重太丸は勢いよく顔をあげた。
「はい!!」
真っ直ぐなその瞳は、キラキラと輝いていた。
◇
合戦は中止になり、帰り支度が始まった。それぞれ帰路に着いたり、傷の手当をしたりしていた。なんとなく場違いな気がして、サヤカはその場から離れようとした。
「おい、サヤカ」
その場から離れようとしたサヤカを、純友が引き留めた。
「これから重太丸の旅支度をするのに、いったん屋敷に引き返そうと思う。お前らも来いよ」
「あ、えっと──」
「いいえ、結構です。旅に必要な物品は、私の力で都度対処出来ますので」
サヤカが返答するより先に、弥勒がぴしゃりと断った。純友は、あんぐりと口を開いた後、すぐに訝しげな表情をした。
「身1つで旅をするのか、アンタら? さすがにそれは無謀が過ぎねぇか?」
「私の力で創造できますので、お構いなく。それよりも、貴方がたにお渡ししたいものがあります」
そう言うと、弥勒は合掌し祈りを始めた。するとすぐに、空から一筋の光が差し込み、小さな粒が2つ、舞い降りてくる。
唖然として、降りてくる粒を目で追うサヤカと純友。その動きは、面白いほどにシンクロしていた。
「頭に直接話しかけられたと思えば……。何なのだ? その小粒は」
サヤカ達のもとへやってきた将門が、弥勒に問いかけた。
「これは、
弥勒は説明すると、将門と純友に仏舎利を手渡した。小石にも満たぬほどの小さな粒は、2人の手の中で淡く光っている。
「仏舎利って何だっけ?」
「釈尊の遺骨のことだよ、サヤカちゃん」
首をかしげるサヤカに、灯指が答えた。
「でも、どういうこと? 仏舎利があるってことは、
「ええ。混沌としているのは、何も目に見える事象だけではありません。時間軸という概念においても、そう言えるのです」
灯指の問いに、弥勒は説明する。
「私と釈尊が対話をした事実は、言うまでもありません。そして、私達と彼等が顔を合わせているのも、おかしな話です。何故なら彼等は、灯指さんの1000年後に生まれた、極東の国の戦士たちなのですから」
「異なる国と、異なる時代が混ざり合う、か。なるほど、それは……とても、ふざけてるね」
「ええ。この世界は、混沌としているのです。──故に、釈尊がご存命でありながら、遺骨が手に入ってしまうことなど、何もおかしなことではありません」
改めて示された、この世界の異常性。生きているのに遺骨が存在しているなど、狂っているにもほどがある。
──まさに、
「ははははは! 面白い! 面白いぞ!」
将門が高らかに笑った。
「良い、良い! これは有り難く頂戴しよう! いやはや、戦がここまで愉しきものになるとは思わなんだ!」
将門は大喜びで、仏舎利を巾着袋へしまった。袋からは、金色の淡い光が漏れ出ている。
「では、また会おうぞ、術士たちよ。そして──異界の娘」
そう言うと、将門は自身の馬へと戻り、部下を率いて戦場を去っていった。
「何でこの世界の住人じゃないって分かったんだろう……」
「阿呆か。見りゃわかんだろ」
独り言を言うサヤカを小突いたのは、純友だった。
「本当なら、こんな珍しいモンは売り捌いて金にするところなんだけどな。生憎、状況が状況だ。有り難く使わせてもらうぜ」
「そのようなことをすれば、たちまちに悪報が降りかかるでしょう」
「あーハイハイ。おい、重太丸」
弥勒の忠告を無視し、純友は息子に声をかけた。重太丸は、人の輪から少し離れたところで、じっとしていた。
「父上。いかがなさいました?」
「随分平然としているな。怪我は大丈夫なのか?」
そう問われた重太丸は、驚いたように目を丸くした。
「そういえば……、今は全く痛みません。傷口も塞がっているようです。一体どういうことなのでしょう?」
「マジか。気色悪すぎだろ、アイツらの術」
純友は顔をしかめた後、気を取り直すように咳払いを1つした。
「まあ、大丈夫なら良い。お前に渡したいものがあってな」
そう言うと、純友は自らの太刀を息子へ差し出した。重太丸の目が、ぎょっと見開かれた。
「な、何をなさっているのですか、父上! 私などに太刀をお譲りなさるなど──!」
「普通ならあり得ねぇな。でも、今は異常事態だ。戦士が己の得物をやすやすと手放すなんてことが起きたって、何もおかしくねぇだろ?」
不敵に笑いながら、弥勒に視線をやる純友。弥勒は、静かに頷くことで返答した。
「────承知しました」
長く間を置いたあと、重太丸は重々しく口を開いた。そして、一切の迷いもない、力強い眼差しで父を見上げると、刀を受け取り宣言するのだった。
「混沌の旅、必ずや成功させてみせます!」
──その手に、水の力を秘めた太刀を握りしめて。
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