第9話 決着

 3度目の、サヤカの首に狙いを定めた刃。勝負は、重太丸の勝利──サヤカも含め、武士たちも確信した、その時だった。


 ──足。


 サヤカの頭に、1つの単語が浮かび上がる。次の瞬間、彼女は何の躊躇いもなく地に伏せた。


「──ッ!?」


 完全に予想を外れたサヤカの動きに、重太丸の反応が大幅に遅れる。その隙に、サヤカは思いきり彼の負傷部分に拳を振り下ろした。


「あ"ぁああああ!!」


 痛々しい悲鳴とともに、重太丸の手から太刀が手離される。すぐ横に降ってきた凶器に、サヤカは肝を冷やすが、本能の叫ぶままに拳を振り下ろし続ける。


「ふざッ……、ふざけるな、このッッ!!」

「う"っ……!」


 顎を蹴りあげられ、地面に倒れ込むサヤカ。同時に、重太丸もガクリと膝をついた。それでもなお、彼はサヤカを斬り伏せんと太刀に手を伸ばす。


「く……ッ」


 しかし、重太丸の身体は限界を迎えたようだ。足が言うことを聞かないのか、彼はその場から一歩も動けていない。

 一方で、サヤカにはまだ余力があった。顎はとてつもなく痛いが、動くことはできる。

 サヤカは立ち上がると、振り落とされた錫杖を拾い上げた。


「あ、あれ……?」


 しかし、手に持った瞬間、錫杖は灰へと変わり地面に流れ落ちてしまう。力を使い果たしてしまったのだろう。頼みの武器がなくなってしまったサヤカは、おろおろと辺りを見渡した。


「おい、何やってんだ女!」

「さっさと太刀を拾い、止めを刺さぬか!」


 観戦していた武士たちが野次を飛ばす。彼らの言葉に流されるまま、サヤカは太刀に目を向けた。

 ――人を斬ることを目的とした、長大で鋭利な刃。その切っ先に、何度も殺されそうになった。悪寒が走り、サヤカは思わず目を背けた。


「……ッ、馬鹿に、するのも……ッ! 大概にしろ、女ァ!!」


 息絶え絶えになりながらも放たれた怒声に、サヤカははっと目を開く。重太丸が、屈辱の表情で、サヤカを睨み上げていた。


「この、卑怯者め! おれは……ッ、絶対に貴様を――」

「これ以上口を開くな、重太丸!!」


 吐かれようとした恨み言は、純友の喝によって遮られた。父親に叱り飛ばされた重太丸は、悔しそうな表情で押し黙った。


「見苦しいとは思わねぇのか!? 女に不意打ちを食らい、無様に膝をつかされた挙句負け惜しみを吐く! 全く、お前がここまで下衆な奴だと思わなんだ!」

「……っ」


 己の失態を言葉として突き付けられ、重太丸は今にも泣きだしそうな顔になった。涙が溢れそうになると、彼は慌てて俯いたが、小刻みに震える肩と嗚咽までは誤魔化せなかった。


「もう良い、勝負は決着だ。重太丸、役目を果たせ」


 純友は無慈悲に宣告すると、転がっていた太刀を、重太丸の手の届く範囲に移動させた。言葉に出さずとも、その場の誰もが意図を汲み取った。


「……御意」


 生気のない声で返答すると、重太丸は武装を解いた。まだあどけなさの残る、端正な顔が露になった。重太丸は太刀を拾い上げると、己の首元にあてがった。


「魔除けの石は、私の衣服の内にございます。それでは皆々様、無様に敗北せし下郎は、自害を以てこの失態を償いまする」


 そう宣言すると、重太丸は何の躊躇いもなく己の首に刃を沈めた。これから起こるであろう惨劇に、サヤカは目をぎゅっとつぶった。

 ――しかし、サヤカが恐怖していた事態が訪れることはなかった。


「何を躊躇っている! そこまで落ちたか重太丸!」

「ちが……っ、ちがうのです、父上! 刃が……っ」


 聞こえてきた会話に、サヤカはうっすら目を開ける。息子を𠮟りつける純友と、必死に訴える重太丸の姿があった。

 重太丸が自害を躊躇っているわけではないのは、サヤカにも分かった。精一杯の力を込めているのか、太刀が小刻みに震えている。


「んな言い訳が――!」

「落ち着け、純友よ」


 なおも叱ろうとする純友を、将門が諫める。そして、弥勒と灯指の方向へ目配せした。サヤカもつられて、彼らのほうへ目を向ける。少し苦しそうな表情で両手を伸ばす弥勒に、毅然と立っている灯指。彼らを包むように、うっすらと光が発せられていた。


「ぼくたちの目的は、十大弟子の封じられた石だ。それさえ貰えれば良い。無駄な血は流したくない」


 声高らかに、灯指が言った。


「ほう。あのわっぱが自刃できぬのは、やはりおぬしらの術か」


 興味深そうに、将門が自身の顎に手を当てる。


「そうだよ。弥勒さんが神通力で、あの子の皮膚を鋼鉄のような硬さにしてくれてる。でも、長くはもたない。早くあの子を止めて、石をぼくらに渡してほしい」


 灯指がそう言うと、純友の表情が憤怒に変わった。しかし彼の激情は、将門の豪快な笑い声にかき消された。


「それはそれは、残酷なことを申すなぁ!」


 将門はつかつかと灯指のもとへ歩み寄ると、威圧するように顔を近づけた。


「我々武士にとって、敗北すなわち死ぞ。勝負を敗し生き延びるなど、これ以上ない屈辱なのだ。即刻、その不愉快な術を解くが良い」

「戦闘狂の信条になんて同調できない。きみこそ、その暑苦しい顔を離してくれないかな?」

「なんだと!」


 激昂し、太刀に手をかける将門。純友もまた、刃の切っ先を灯指へ向けた。対話できる程度には落ち着いていた空気が一変、完全に殺気立ってしまった。


「ふざけるな!」

「我等を愚弄するな、異人め!」


 武士たちも灯指の発言が気に食わなかったようで、各々が怒りの声をあげている。

 ――このままでは、振り出しに戻ってしまう。そう直感したサヤカは、反射的に叫んだ。


「じゃあ、重太丸くんを仲間にしようよ!」





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