第8話 サヤカvs重太丸

「えぇ……!?」


 宣戦布告をされ、狼狽えるサヤカ。無理もない。重太丸の足を傷つけた現象は、彼女にとっては意味不明な現象。謎の奇跡が起きたとはいえ、サヤカは平凡な女に変わりない。手負いとはいえ、武士に勝てるはずもないのだ。


「あ、あの……!」

「おい、術士ども!」


 サヤカの言葉を遮り、純友が声を発した。


「俺の息子とその女を戦わせる! 女が勝てば、石をくれてやる! それで良いな!」

「構いません」


 純友の条件を、弥勒はあっさりと呑んだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 勝手に決められ、サヤカは慌てて弥勒のもとへ駆け寄った。


「わたし、戦ったことないんだよ!? それなのに、武士と戦うなんて無理だよ! 殺されちゃう!」


 顔を青ざめさせながら、弥勒にしがみつく。何度も想像してしまった、死へのイメージを脳裏に浮かべながら、サヤカは救いの言葉を待った。

 ──しかし、弥勒が助けてくれることはなかった。


「暗器を使っておいて、何を申しておるか。ほれ、さっさと始めよ」

「やめて、引っ張らないで!」


 将門に腕を引かれ、弥勒から引き離されてしまう。必死に手を伸ばすが、弥勒も灯指も、動くことはなかった。

 絶望にうちひしがれているうちに、あれよあれよと元の場所に引き戻されてしまう。強烈な殺気を放ちながら、太刀を構える重太丸と向き合った時、頭の中で弥勒の声が鳴った。


(大丈夫です。雑念を捨て、清らかな心を保ちなさい。そうすれば絶対に──)


 錫杖が、貴女を助けてくださいます。


「────ッ」


 サヤカは息を呑んだ。

 頭の中に響いた弥勒の声は、驚くほどに緊張をほどき、心を落ち着かせてくれた。

 先ほどまで、恐怖やら絶望やらで、感情が滅茶苦茶になっていたのに。嘘だったかのように、穏やかになっている。

 精神統一するように、サヤカは目を閉じた。


 ──大丈夫。もう何も、怖くない。


「いざ、参る!」


 重太丸が、地を蹴った。砂埃が舞い、踏み込みの重さをしらしめる。手負いとは思えぬ速度と重さで、重太丸はサヤカの頭上めがけて刀を振り下ろした。

 しかし、切っ先が彼女の脳天を裂くことはなかった。サヤカは刀の軌道を逸らすと、錫杖の頭で重太丸の顔面を思い切り突いた。


「ぐッ……!」


 うめき声をあげながら、重太丸は後方へ倒れこむ。金属音を立て、刀が地面に落下した。

 武器を手離した隙を逃さず、サヤカはさらに追撃を仕掛ける。重太丸は、地面を転がりそれを避けると、即座に体勢を立て直し太刀を拾った。

 サヤカもすぐさま、地を打った錫杖を持ち直す。輪のついた先端を、重太丸の方へ向けて構えた。サヤカが次の攻撃を仕掛ける前に、重太丸も万全の体勢を整え構え直す。


 周囲の者すら身体を強張らせるほどの緊張感が、2人の間に走っている。重太丸の鼻からは血が垂れているが、それを拭う間などない。ほんの僅かでも隙を見せれば、一撃で決まる。その場にいる誰もが、確信していた。

 ──しかし、この状況は、明確に重太丸の方が不利だった。


「はぁ……、はぁ……っ」


 激痛に耐えているのだろう。彼の肩は、大きく上下している。


(はっきり分かる──わたしのほうが有利だ)


 不思議なくらい、思考が澄みきっている。雑念は、一切消え去っていた。

 ゆえに、はっきりと分かった。膠着状態が続き、長期戦になればなるほど、深手を負った重太丸が追い詰められていくことを。


(こっちからは攻めない。あの子の集中力が切れるのを待つ──!)


 武器としての扱い方、身体捌き、心構え。

 それらはすべて、手に持った錫杖が導いてくれる。一瞬一瞬での最適な動きを、サヤカの身体に吹き込んでくれる。

 操られているといえば聞こえは悪いが──サヤカの手で、重太丸を追い詰めているのは、紛れもない事実だ。


「ち、くしょうッ!」


 悪態をつきながら、再びサヤカに斬りかかる重太丸。彼に残されている戦法は、攻め続けることだけ。体力が尽きるまでに、サヤカの首を捉えなければならない。

 重太丸が、再び頭部を狙うような動きをした。


(最初と同じ動き……。けっこう限界がきてるみたいだね)


 先ほどと同じように受け流す構えをとったが、脇腹に鈍い痛みが走り、体勢を崩しかける。重太丸の口角が、ニヤリと上がった。


「……ッ」


 太刀はブラフ。本命は、脇腹を狙った膝蹴りだった。サヤカはなんとか踏みとどまるも、重太丸の猛攻は加速していく。脇を狙い、斜め下から刀が襲いかかってきた。

 後ろに飛び退くサヤカだったが、無理な姿勢だったために、すぐにはバランスが安定しない。立て直す間もなく、次の攻撃が振るわれた。


「く……ッ」


 太刀を正面から受け止めるわけにはいかない。柄が傷つき、錫杖が使い物にならなくなってしまうから。

 ──とはいえ、避け続けるのにも限界がある。なんとか反撃し、相手の体力を減らせないものか……。

 虎視眈々と機会を伺うが、重太丸には一切の隙もない。深手を追った状態での鋭い猛攻。鬼気迫るほどの殺気は、彼の背負ったものの重さを示している。


「あッ……!」


 そしてついに、拮抗が崩れる。優位に立ったのは重太丸。サヤカの錫杖が、払い落とされてしまった。


「もらった!!」


 サヤカの首めがけて、刃が振りかざされた──。







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