第7話 打開の鍵は……

 サヤカは無力。弥勒も灯指も、かなり消耗している。対して相手は、血気盛んな殺し合いのプロだ。勝ち目などない。


「さぁさぁ! この平将門と刃を交えるのは、浮遊しておる者か! くたばり損ないの者か! それとも──」


 将門はサヤカを一瞥し、嘲るように鼻で笑った。まるで、「あぁ、お前は無理か」とでも言うように。

 サヤカは、文句の1つすら言えなかった。平凡な女子大生が、男に──しかも、武士に勝てる訳がない。


「……っ、ぼくが、相手だ」


 灯指がフラフラと立ち上がり、将門と対峙する。消耗しきっているにも関わらず、なおも戦おうとするその姿に、将門はニヤリと笑みを浮かべた。


「ふははは! いやはや見くびっておった! 満身創痍になってもなお、戦意を失わんとはな!」


 心底嬉しそうに笑いながら、刀を構える将門。刀身には炎が纏い、熱気を放っている。──今すぐに、灯指を焼き払わんと言わんばかりに。


(灯指さん、限界そうなのに……! そんな相手に戦いを挑むなんて卑怯だ! 最っっ低……!)


 サヤカは唇を噛み締めた。悪態の1つでも吐きたかったが、そのようなことをすれば、重太丸にすぐさま首を斬られるだろう。サヤカは、己の無力さを悔いた。


(いいえ。卑怯ではありません)


 頭の中に、澄んだ声が響く。弥勒の声だ。


(その気になれば、彼らはいつでも私たちを蹂躙できます。配下の者たちに命じて、集団で私たちを襲えばいいのですから。ですが彼らはそうしない。これは、褒め讃えるべきことでしょう)


(そんなわけないじゃん! だって、弥勒さんも灯指さんも限界なのに、戦いを挑んでるんだよ!?)


(ええ。ですが──貴女は消耗していない。そうでしょう?)


 サヤカは、弥勒の言葉を理解できなかった。この場に役立つ神通力も使えない、武道の経験もない、単純に力もない。そんな彼女に出来ることなど、無いに等しいというのに。


(思い出しなさい。貴女は釈尊に選ばれし救世主です。この状況は、貴女に委ねられているのですよ)


「そんなわけなけないじゃん!」


 静寂の中、サヤカは思わず叫んでしまった。周囲の目が、一斉にサヤカの方に向けられる。


「静かにしろ、女!」


 重太丸が、サヤカの首元に刀を突きつける。刃が僅かに皮膚に触れ、鋭い痛みが走った。細い傷口から、血が滲み出る。武士にとっては掠り傷でも、サヤカにとっては苦痛を覚える痛みだ。


 ──これが、後少しでも沈められていたら。幾度となくよぎった、死のイメージ。あと何度、恐怖を味わえばいい。あと何度、痛みや死に様を想像することになるのか。

 全員が、サヤカを見ている。嘲るように、狂人でも見るかのように。武士たちから向けられた視線に、サヤカの中でなにかが切れた。


「もういやあああああ!!」


 もう殺されてもいい。何でもいいから、恐怖から解放されたい。その一心で、サヤカは重太丸の足を思いきり踏んだ。


「っあ"ぁあああ!!」


 背後から悲鳴が聞こえ、拘束が解ける。予想外に、効いていそうな声だった。距離をとり、重太丸の方を見て──サヤカは驚愕した。


「う"……っぐ、貴様ァ……ッ!」


 重太丸は、蹲りながら、サヤカを睨んでいた。抑えている足からは、大量の血が滲んでいた。


「え……、何が起こったの?」

「ハハハハハハッ! 面白い! これは面白いぞ!」


 サヤカが困惑していると、将門が声高らかに笑った。


「いやはやお見事だ、女! まさか足に暗器を仕込んでいるとはな!」

「は!?」


 慌ててスニーカーを確認するが、それらしきものはない。それどころか、返り血すらもついていなかった。

 刃物の痕跡すらない靴裏を見て、将門は感心するように唸った。


「これは興味深い。一体どこに収納しているというのだ?」


 驚嘆する将門の向かい側で、灯指も驚きの表情を浮かべていた。


「私には分かっていましたよ」


 目を丸くしながらサヤカを見つめる彼の傍らに、弥勒が音もなくやってきた。


「また神通力を使ったの!? 温存しなきゃダメじゃないか!」


 灯指が窘めると、弥勒は首を横に振った。


「いいえ。使わなくとも判ることです。貴方は気づきませんでしたか? 彼女が錫杖を手にした時、奇跡が起きたのを」

「奇跡……?」

「ええ。彼女が錫杖を手にしてすぐ、1匹の悪い蛇が、私たちに忍び寄ろうとしました。すると、蛇の目の前に剣が現れ、蛇を切り裂いたのです」

「……驚いた。錫杖にそんな効果はないはずなのに」

「ええ、仰る通りです。ゆえに──」


 彼女の持つ錫杖は、本来ではあり得ぬ奇跡を起こす──!


「……重太丸」


 馬から下りた純友が、厳しい声色で息子の名を呼んだ。


「父……上」


 激しい痛みに耐えながら、重太丸は顔を上げる。見上げる視界に、冷たい表情で仁王立ちする父親の姿が映った。


「女に不意打ちを食らうとは、見損なったぞ。一族の恥だ」


 息子と目線を合わせることなく、純友はそう吐き捨てた。重太丸の目に、じわりと涙が滲み出す。しかし、決して涙は流すまいと、彼は唇を噛み締めた。


「汚名を晴らしたければ……、分かるな」


 最後まで言わずとも意図を汲み取った重太丸は、絶望の表情で父親を見上げた。彼は足に重傷を負っている。まともに戦える状態でないのは、この場の誰もが判ることだった。


「早く立て! 軟弱者!!」


 怒声を浴びせられ、重太丸の肩が大きく跳ねる。彼は歯を食いしばると、よろよろとなんとか立ち上がった。


(うわぁ……。完全に毒親じゃん)


 親子のやり取りを、サヤカは少し離れたところで眺めていた。命を脅かされた相手とはいえ、目の前で虐待されているのを見ては、良い気はしない。

 無意識に、錫杖を握る手に力がこもった。


「おい、女……」


 重太丸が、地獄の底から響くような声で言った。おぼつかない足取りで、サヤカの方に近づくと、太刀の切先を彼女へと向けた。


「おれと、戦え……!」













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る