第6話 合戦の地、再び

 錫杖を手に入れ、しばらく歩くと、覚えのある声が聞こえてきた。その声を聞いて、サヤカは顔を蒼白にした。


(この声って……)


 聞こえてくるのは、男たちの喧騒の声。どう考えても、つい先ほど目の当たりにした「異常な合戦」から発せられるものとしか思えなかった。

 不安がよぎるが、今さら引き返すわけにもいかない。内心震えながら、光の道を辿ると、案の定の光景が目の前にあった。


 しかしそれは、サヤカが見たものより、さらに過激さを増していた。


「はははは! 楽しいな、平将門!!」

「賊めが! 早う、消し炭となるが良い!!」


 超能力のぶつかり合い。刀身から発せられる炎と水が乱舞する。彼らが騎乗する馬もまた異常で、超常現象をものともせず、主の戦いを支えていた。

 まさにゲームやアニメの世界。もはや、完全に武士の戦とは呼べぬ状態だった。


「まさか本当に、普通の人間が五行を扱うなんて……」


 灯指が、驚愕しながら呟いた。


「ええ。世界の混沌は、それほどまでに侵食しているという訳です。外道の者でも、決して手を抜いてはなりません」


 そう言うと、弥勒はふわりと宙に浮いた。


「ちょっと──」


 灯指が慌てて手を伸ばすが、弥勒はすでに戦場の上に飛んでいた。


『皆の者、よく聞きなさい』


 神通力で、その場にいる者全員の脳内に語りかける弥勒。配下の武士のみならず、激しい戦いを繰り広げていた将門と純友までも、一斉に空を見上げた。


『この世界は、じきに崩壊する。あなた達の争いの火種たる"石"は、滅びゆく世界ではあくたも同然となります。石が効力を持っている間に、即刻私たちに差し出しなさい』


 ざわざわと顔を見合わせる武士たち。軍の長たる2人は、険しい顔で弥勒を見上げていた。


「ああもう、消耗してるんだから無理しちゃダメだってのに!」


 焦燥した様子で、灯指も渦中へと飛び出していった。


「聞け、下郎ども! 状況が分からないのなら見せてやる! その目に焼きつけるがいい!!」


 灯指が怒声をあげた後、地鳴りの音とともに、周囲の景色が歪み始めた。木々は急速に枯れ果て、黒い空が落ちてくる。


「何だ何だ!?」

「何が起きておるのだ!」


 どよめき、狼狽える武士たち。突如崩壊し始めた世界に、皆が恐怖した。

 そしてそれは、サヤカとて例外ではなかった。


「きゃああああ!」


 唸る地面に伏せながら、頭を抱えるサヤカ。恐怖に叫んでいると、だんだん地面と同化していくような感覚に陥る。さらに、頭に置いていた手の感触までなくなってきた。


「え……?」


 自分の手を見ると、手首から上が消失していた。

 痛みはない。血も出ていない。それなのに、どんどんと消失していく。


「いやああああああああ!!」


 全てが溶け、歪んでいく。

 武士たちも、馬も、空も地面も、何もかも。

 響き渡る断末魔。それすらも混ざり合い、不協和音になっていく。


 全テガ、破滅ニ呑ミ込マレテイクヨウニ……。


 ────パン!!


 突如鳴った、手を叩く音。

 1つ瞬きをすると、元通りの景色に戻っていた。

 狼狽える武士たちと、宙に佇む弥勒。沈黙する大将2人。そしてその中心には、疲弊した灯指の姿があった。


「はぁ、はぁ……っ。分かったか。おまえたちが、どれだけ争い続けようと、いずれ近い未来こうなるんだ!」


 息も絶え絶えに叫んだ後、灯指はガクリと地面にへたりこんだ。


「復活直後だというのに、貴方の方こそ無茶をなさる」


 案ずるような眼差しで灯指を見下ろすと、弥勒はすぅっと息を吸った。


「今、貴方がたがご覧になった光景は、近い未来に必ず訪れる破滅です!」


 弥勒のよく通る声に、皆一斉に空を見上げた。


「それを防ぐためには、釈尊の御弟子が封印されし石を、全て集める必要があるのです! 貴方がたが求めて争っているのは、そのたった1つに過ぎません! 今、厄災から身を守ることが出来ても、世界の滅亡には太刀打ち出来ないのです!」


 辺りがしぃんと静まり返る。武士たちはひるみ、誰1人として声を発する者はいない。


「……さっきのやつは、本当なのか?」


 重々しく口を開いたのは、純友だった。


「なぁ、あれが本当なら、俺は──」


 純友の言葉の続きを、皆が固唾を飲んで待っている。


(これ、和解する流れでは?)


 片方の長が同意してくれれば、石の入手が大幅に楽になるだろう。サヤカは淡い期待を抱きながら、純友を凝視した。


「笑止千万! あれは単なる幻覚だ!!」

「え────」


 背後から少年の怒声が鳴った次の瞬間、サヤカは首元に刃をあてがわれていた。


「我々は死を恐れぬ! たとえ世界が滅びようとも、最期の時まで戦士の誇りを貫くのだ!」

「……っ小僧、その娘から離れろ!」

「動くな異人! 術を発動しようものなら、この女の首をかっ切る!!」


 少年が、サヤカの首元に刀を突きつける。灯指は、歯を食いしばりながら、構えを解いた。


(わたし……死ぬの?)


 首筋に伝わる、冷たく鋭利な感触に、サヤカは身を強ばらせる。

 をあと数センチ沈められれば、死ぬ。激痛に襲われ、大量の血が噴き出す──脳裏に浮かんだ死のイメージに、全身が総毛立つ。


「──よく言った、重太丸しげたまろ。心配無用だったな」


 純友は、少年──重太丸に微笑みかけると、号令をとるかのように太刀を天に向けた。


「俺たちは、卑劣な脅しには屈しない! そうだよな、お前ら!!」


 純友の宣言に、ざわつく武士たち。するとすぐに、将門が純友の傍らに馬を寄せた。


「この男の申す通り! 曲者の術に怯えるなど、武士の恥ぞ! 我々は今、それを少年に気づかされた! 全く、己の不甲斐なさに反吐が出る! 皆の者、そうであろう!?」


 同様に、太刀を突き上げる将門。

 大将2人の演説に、次第に歓声があがり始める。

 雄叫びの中心で、将門と純友はしっかりと視線を交えた。


「一時共闘といこうぞ。ともに術士どもを討とう」

「ハッ。まさか、お前と協力することになるとはね」


 2人は頷き合うと、声高らかに宣言した。


「要求には応じぬ! 石を求むるならば、この平将門と藤原純友の首を討ち取ってみせよ!!」

「さぁさぁ、一騎討ちといこうぜ! 術士さんたちよぉ!!」


 ──救済の旅は、早くも窮地に陥ってしまった。




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