第5話 道中 本生譚でも話しましょう

 石を手に入れるため、灯指の示した道を歩く3人。だいぶ長い距離を歩いたが、一向に目的地へ辿り着く気配がなかった。


「な、長い……」


 不幸にも当たってしまった、サヤカの懸念。思った通りの長距離に、疲弊のため息が漏れた。


「サヤカちゃん大丈夫ー?」


 灯指が振り向いて言った。


「けっこう疲れました……」


 サヤカは息も絶え絶えに答える。


「そこまでの距離を歩いてはいませんよ。もう少し頑張りませんか?」

「男の体力と比べないでくださいよ……」


 弥勒の励ましに、げんなりとしながら答えるサヤカ。すると、軽い調子で灯指が笑った。


「まぁ、殺風景だしねぇ。どこを歩いているのか、分からなくなっちゃうよね」

「ほんとそれ。ただ淡々と歩いてるだけじゃ、おかしくなっちゃいそう――あ、そうだ!」


 ふいに立ち止まり、手を叩くサヤカ。


しましょうよ、!」


 唐突な提案に、弥勒と灯指は首を傾げた。


「あれ、しりとり知らない感じ……いや、何でもないです」


 サヤカは意外に思ったが、すぐに現代の価値観が通じない世界であることに気づき、言及を止める。


「いいえ、遊戯の法則は理解しましたよ。ただ、意味のない単語を連ねるだけのことで、本当に徒歩の退屈さが紛れるのか、疑問に思ったのです」


 サヤカの思考を読み取った彼らは、すぐさま「しりとり」が何かを理解していた。首を傾げたのは、それに有意義性を感じなかったための反応だった。


「そんな身も蓋もない……」


 真面目に否定され、サヤカはがっくりと肩を落とした。


「それなら、ぼくが本生譚ほんしょうたんでも話そうかな?」

「本生譚? 何ですかそれ」


 聞き覚えのない単語に、サヤカは眉を寄せた。


「釈尊の前世のお話です。貴女に力をお与えになった方の生なのですから、聞いておくのが良いのではありませんか?」

「お釈迦様の前世かぁ……」


 まったく興味が湧かなかった。本屋で見かけたら、目にも留まらずスルーするに違いない。しかし、与えられた役割を担うにあたって必要、もしくは役立つ知識を取り入れることは、避けようのない義務だ。やりたくもないバイトで、委員会で、部活で、さんざんそれを学んだ。


「……聞いてみようかな」


 どのみち、何も話さないでいるよりは百倍マシだ。どんなに興味がなかろうと、気が紛れるくらいの効果はあるだろう。そう考え、サヤカは灯指の提案を受け入れた。


「それじゃあ、尸毘しび王の話でもしようか」


 そう言うと、灯指は語り始めた。


 ――今は昔、シビという王様がいました。

 雷神インドラと火神アグニは、彼を試そうと考えました。

 インドラは鷲に、アグニは鳩に変化しました。

 鳩に化けたアグニは、鷲から逃れている最中を装い、王のもとへ現れました。

 鷲は、鳩を渡すように言いますが、王はそれを断ります。

 鷲は、王を責めるように言いました。

「諸国の王は、あなたを法そのものと仰っています。何故法に背くようなことをするのでしょう?」と。

 王は言いました。

「この鳩は、私に助けを求めてきたのだ。この鳩を守らねれば、法に背くこととなるだろう」

 すると鷲はこう言いました。

「すべての生き物は、食べることで生きています。食べ物を奪われたら、私は死んでしまいます。私が死ねば、息子や妻も死んでしまうでしょう。この鳩を守れば、多くの命を殺すことになるのです」

「もっともだ。しかし、助けを求めてやってきた者を見捨てるのは、正しいことだろうか? お前の目的は食料の確保だろう。何も鳩に固執することはない。もっと多くの食べ物を用意してやるぞ。牛か、猪か。何でも申すが良い」

「そんなものは食べません。鳩をください」

「お前の望むものは何でもやる。しかし、この鳩をやるわけにはいかぬ」

「そんなに鳩を庇うのなら、あなたの肉を、鳩と同じ重さ分ください。私はそれで満足します。さあ、鳩とあなたの肉とを、秤にかけてください」

 王は、自分の肉と鳩を秤にのせました。

 しかし、鳩はだんだん大きくなっていきます。

 自分の肉を切り続ける王ですが、やがて切れる肉が無くなってしまいます。すると、王自らが秤にのりました。

 それを見て、鷲は言いました。

「私はインドラで、鳩はアグニだ。我々は、お前を試すためにやって来た。自分の肉を切り落とすその姿、見事だった」

 目の前の弱き者を助けるために、自らの肉をそぎ落とした王。賞賛されるべきことだと、今も語り伝えられております――。


 灯指の語りが終わる。サヤカは微妙な顔で沈黙した。


(なんかやばい話だったなぁ……)


 鳩を助けるために、自分の肉をそぎ落とすなど、とんでもないことだ。しかも、それが美談として語られていることに、サヤカはドン引きした。ほかの誰かを助けるために、自分を犠牲にできる人間など、いるはずもない。

 インドの話はぶっ飛んだ話が多いと小耳に挟んだが、本当にその通りだと思った。


「次の話は――」

「あ、もういいです」


 即座に断ると、灯指は残念そうに肩をすくめた。


「――ん?」


 道の先に、錫杖しゃくじょうが落ちているのが目に入る。珍しく変化のあった景色に、サヤカは思わず駆け寄った。


「これ、お坊さんが持ってるやつだ」


 アニメや漫画ではよく見るが、実際に目にする機会はない。珍しいものが転がっているものだと、サヤカは深く考えずに立ち去ろうとした。


「それは錫杖といいます。托鉢たくはつの際、家主に存在を知らせたり、獣や蛇などの害獣から身を守ることができますよ」


 サヤカを引き止め、弥勒が言った。


「これも何かの巡り合わせです。持っていくと良いでしょう」


 そう推奨する弥勒の後ろで、灯指も頷いた。


「分かりました」


 断る理由もないので、持っていくことにする。持ち上げると、シャンシャンと鈴のような音が鳴った。


「えっと、こう持てばいいのかな……?」


 そう呟きながら、錫杖を立ててみる。サヤカの身の丈ほどの長さだった。


「ちょうどいいじゃん」


 灯指が感心しながら言う。


「ええ。まるで、サヤカさんのために作られたようです」


 弥勒がさらりと口説き文句のようなことを言った。普通の男が言うと寒すぎる言葉も、弥勒が言えば様になる。やはり、世の中顔だ。サヤカは、改めて実感するのだった。


「収穫があってよかったね。それじゃあ、出発しようか」


 心地良い鈴の音を響かせながら、3人は再び歩き出す。

 ──その直後。1匹の蛇が、悪意を持ってサヤカに術をかけようとした。


「キシャァアアア!!」


 突如、蛇の口の目の前に、突き立てられた剣が現れた。頭を真っ二つに裂かれ、蛇は悲鳴をあげて絶命した。


「え、何!? 今の声!?」


 辺りをきょろきょろと見渡すサヤカ。蛇の死体が目に入らぬよう、弥勒は彼女の背に手を回し、歩みを進めるよう促して、言った。


「早速、害獣払いの効果が出ただけですよ」






 








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