めんどくさ……

 従姉のお姉ちゃんの結婚式が終わって、パパの車で家に帰ってきたらどっと疲れた。

 今日のために買ってもらったワンピはすごくかわいいから大事に取っておきたいんだけど、しわになっちゃだめだ、とか考える余裕もなくリビングのソファに身を投げる。


「こら、由依。寝るならちゃんと着替えて。ワンピースはクリーニングに出しておくから、ハンガーにかけてママたちの部屋に持ってきておいてね。ああ、せっかくのブーケ、どこに置いてるの。花瓶に飾るからリボン解いて。飾ったら伯父さんたちに写真送ろうね」


(めんどくさ……)


 ママから見れば千佳姉ちゃんは姪っ子だからはしゃぐのも分かる。だけど私よりずっとテンション高いのなんでだろ。


 私が無反応でいることが癇に障ったのか、さっきより大きな声で同じ内容をリピートし始めたママが本格的にうざくなったので、黙って全部言うことを聞くことにした。


 私はいつもこうだ。頭の中で考えてることは声に出さない。面倒だから。

 だけど思っていることは声に出さないと伝わらないんだよね。だからママは私がただぼんやりしてるだけだと思ってる。


 自分の部屋に戻って部屋着に着替える。式の間は絶対見るな、と言われていたスマホを取り出すと、彼氏からメッセが来てた。


『結婚式、どうだった?』

『ドレスアップした由依の写真、見たいな』

『披露宴で旨いもん食った?』


 内容はどれも大したものじゃない。写真? しまった着替えちゃったわ。披露宴で食べたものなんて覚えてないな。ウエディングケーキが何気に美味しかったのはびっくりしたけど。


 適当な返信を送って勉強机に戻す。今は彼とはあまり会話をしたくなかった。


◇◆◇


 千佳姉ちゃんとは子どもの頃はよく遊んだ。私より八歳上だから子供の時はすごく大人に見えた。親戚の中でも一番美人で、今日もやっぱりすごくきれいだった。

 私以外の従姉妹達は皆ママみたいにはしゃいでいたけど、私はその中に入っていけなかった。


 なんでだろう、一番楽しいはずの千佳姉ちゃんがあまり楽しそうに見えなかったからかな。

 でも不幸そうってわけでもない。当たり前か、花嫁さんだもんね。

 

 お姉ちゃんが無表情(に私には見えた)で放り投げたブーケをぼーっと目で追っていたら、そのままこっちに飛んできて私の手に落ちた。


「……え?」


 思わず驚いてしまったら周りからワーッと歓声が上がってもっと驚いた。まさか自分がキャッチするとは思わなかったから。


『花嫁のブーケをキャッチした女性は、花嫁から幸せを分けてもらうことが出来る』


 って、親戚のおばちゃんが教えてくれた。


 だったら、あのブーケ、お姉ちゃんに返したら、お姉ちゃんの幸せが増えるのかな。

 私は別に幸せとかどうでもいいし、どうせならお姉ちゃんにもっと幸せになってもらいたいんだけどな。


◇◆◇


「うっわー、めっちゃ綺麗。うち、花嫁のブーケなんて初めて見た」


 昨日ママが撮りまくったブーケの写真を、大学の友達に見せたら皆同じことを言った。


「由依のお姉ちゃん、由依にそっくりだねー」

「お姉ちゃんじゃないよ、従姉」

「そうなんだ、でも姉妹でも通じるくらい似てるよ。そっかー、じゃあ次の花嫁は由依かー」


 友だちの適当な言葉に飲んでたジュースを吹き出しそうになる。なんでそうなるん。


「えー、なになに? 由依が花嫁って?」


 そしてタイミング悪く背後から彼氏が会話に混ざって来た。いつもこうなんだよね。どっかで私たちの会話盗聴してるのかな。


「あー、新野くんナイスタイミング。由依がね、昨日親戚の結婚式でブーケもらったんだって。だから次の花嫁は由依じゃないのー、って言ってたの」


 ばか、余計なこというな。

 私は友達の脚を蹴っ飛ばしてやろうと思ったが、蹴ったのはテーブルの脚だった。


「えー、俺達まだ学生じゃん。最短でも後二年は待たないといけないよなー?」


 顔を見なくても分かる、きっと今彼氏は満面の笑みで私を見下ろしてるはずだ。

 絶対にいやだ。本当は今すぐ別れたいくらいなのに、どうしてあんたと結婚なんかしなきゃいけないのよ。


「はいはい、ごちそうさま。後は二人でどうぞー」


 この状況を作った張本人たちはとっとと次の授業へ向かう。私もついていこうとしたら後ろから腕を掴まれた。


「由依、この後空きだろ?」


 同じ学部じゃないのに私の取ってる講義を全部把握してるのが本当に無理。


◇◆◇


 優しいって何だろう。

 相性って何で分かるんだろう。

 愛情って目に見えたらいいのに。


 それは全部、他人のそれじゃなくて。

 私自身の優しさや愛情。


 言いたいことを言えず飲み込むことばかり上手くなっていく自分が本当に嫌いだ。


 ママにも、彼にも、友達にも、嫌なことは嫌って言えばいいのに、その後どんな反応が返ってくるのかまで想像出来ちゃうから、何も言わずに黙ってしまう。

 一周回ってスタート地点に帰ってきてしまったような徒労感が、誰に対しても消えない。


 昨日の千佳姉ちゃんの綺麗な笑顔が、何故かそれと同じに見えた。


 私はどうでもいいんだけど。

 お姉ちゃんには、幸せになってもらいたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る