盗人に鍵を預ける

三鹿ショート

盗人に鍵を預ける

 私は、彼女に対して恋心を抱いていた。

 だが、彼女もまた、私と同じような感情を抱いているとは限らない。

 ゆえに、私が彼女に想いを伝えることはなかった。

 それでも、友人としての関係は続いていた。

 何度も一歩を踏み出そうとは考えていたが、その度に、友人という関係を失ってしまうのではないかと恐れ、結局はその場から動くことはなかった。

 私は、臆病者である。


***


 ある日、彼女が頼み事をしてきた。

 それは、私の友人である男性との仲を取り持ってほしいというものだった。

 その言葉から、彼女が私に対して好意を抱いていないことが確実となり、景色が歪んだものの、なんとか首肯を返すことができた。

 彼女の幸福を思えば、望んだ通りに行動するべきなのだろう。

 このまま誰かの所有物と化すことなく、私との友人関係を続けてほしいと思ったが、それは私の我儘である。

 私は、心の中で涙を流しながら、友人に彼女を紹介することにした。


***


 友人との惚気話を語っていた彼女が姿を見せることがなくなってから、どれほどの時間が経過したのだろうか。

 会って話がしたかったが、多忙を理由に断られ続けていた。

 仕方なく、友人に彼女の近況を訊ねることにした。

 聞くところによると、彼女は元気に生活しているらしい。

 多忙と聞いていたゆえに、体調を崩しているかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

 何時の日か、再会の場を設けてほしいと友人に頼むと、私はその場を後にした。


***


 彼女を忘れることができない私は、彼女に似ている女性と関係を持つことで、溜飲を下げようとしていた。

 しかし、どれほど快楽を味わったとしても、それは一時的なものであり、私の気が晴れることはない。

 このような状況に陥るのならば、彼女に想いを伝えておくべきだったと、今さらながらに後悔した。


***


 常のように、彼女と似た女性を呼び出したところ、私は耳を疑った。

 何故なら、相手の女性が、私の名前を呼んだからである。

 相手の女性が驚いた様子を見せていることから、どうやら彼女と似ているのではなく、彼女本人だったらしい。

 久方ぶりの再会に対して、私の中には喜びというものは全く存在していなかった。

 彼女が笑みを浮かべながら隣に座ったために、私は抱いていた疑問を口にした。

「何故、このようなことをしているのか」

 私の言葉に、彼女は苦笑しながら、

「あなたに紹介してもらった男性の借金を返済するためです。他にも仕事は数多く存在していますが、この仕事が最も手っ取り早かったものですから」

 そう告げた後、彼女が私の肉体に手を伸ばしてきたために、私は慌てて立ち上がった。

 彼女は笑みを崩すことなく、寝台を叩いて私を促しているが、私は受け入れることができなかった。

 私は彼女に料金を支払うと、そのまま部屋を飛び出し、友人の自宅に向かって走って行った。

 肉体が悲鳴をあげようとも、脚を止めることはなかった。


***


 呼び鈴を鳴らし、顔を出した友人を部屋の中へと押し戻しながら、自身の借金は自身の力で返済するべきだと告げた。

 だが、友人は何を言われているのか分からないといった様子である。

 しかし、数秒後、友人は手を一度叩くと、

「彼女には、そのようなことを伝えていたか」

 その言葉の意味が分からなかったために、再び問いを発しようとしたが、其処で見知らぬ女性が友人の自宅に入ってきた。

 煽情的な格好のその女性は、私を見ると頭を下げた。

 その後、笑みを浮かべながら友人に向かって封筒を差し出すと、

「これで、あなたの父親の治療費の足しになるでしょう」

 私の存在を気にすることもなく、友人は封筒の中身を確認すると、女性に向かって頷いた。

 女性が手を振りながら友人の自宅を後にしてから、私は友人が手にしている封筒を指差しながら、

「どういうことなのか、説明してもらおうか」

 その言葉に、友人はあっけらかんとした様子で、

「一度に複数の女性と交際することは難しいために、女性たちを競わせ、最も稼いだ人間に、最も深い愛情を注ごうと考えているのだ。だが、大事なことは、過程である。私は楽をして金銭を得ることができ、女性たちは愛する人間のために働くことを生き甲斐とすることができるからだ。勿論、何時の日か、一人の女性を選ばなくてはならないが、どうするべきかは、そのときに考えることにしている」

 友人は其処で笑みを浮かべながら私の肩を叩くと、

「きみには、感謝している。稼ぎ手を紹介してくれたのだからな」

 そのとき、私は何も感じていなかった。

 怒りを抱いていたのだろうが、それがあまりにも強かったために、許容量を超えてしまったからなのだろうか。

 友人が笑みを浮かべながら珈琲を飲み始めたときには、私は涙を流していた。

 気が付くと、私は動かなくなった友人を見下ろしていたが、私が後悔していた理由は、このような人間に彼女を紹介してしまったことだけだった。

 同時に、このような方法で彼女を救ったとしても、私は彼女から愛する人間を奪ってしまったということになる。

 結局、誰も救われることはなかった。

 私は、頭を抱えながら叫んだ。

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盗人に鍵を預ける 三鹿ショート @mijikashort

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