第05話 お受けしちゃったか

 その夜、お坊さんが家を訪ねてきて、お母さんになにかを話してくれたみたいで、急にごきげんになった。


 そして、あたしはお風呂掃除の後、高級アイスを食べる権利を得たのだった。


「グギャ〜ン。ゴロゴロゴロゴロ」

「ん? 珍しいね、アカリにゃん。あたしの側で喉を鳴らしてくれるなんて」


 触ろうとした手を、寸前のところでかわされちゃったけど。なんていうんだろう。達成感がすごかった。


 約束通り、学校にも連絡をしてくれたノゾミくんの顔に免じて、今回は課題はなしになった。


 はー。よかった。


「アカリにゃん? いつかあたしにもなでさせてね?」


 今は、このままで――、なんて縁側で部屋着になってくつろいでいるところへ、臼井くんがあらわれた。


「ぴ? 臼井くん、どした?」


 なんか、なんだかとても決意を秘めた顔をしている。気のせいか頬も赤い。つられてあたしも赤くなる。


 本当は、あたしの初恋は臼井くんだったんだぞ。恥ずかしいから言えずにいるけど。


 その臼井くんがこんな時間にあたしを訪ねてくるなんて、どうしちゃったんだろう?


「えっと? アイス、食べる?」


 いらない、と断りを入れてから。


「あのさぁ、さっきフライングして言っちゃったけど、ユイカって、呼び捨てにしてもいい?」


 なんて聞くもんだから。


「え? かまわないよ、そんなの」

「だったらユイカもおれのこと、臼井じゃなくて、ジロウって呼んで?」


 難しそうな顔をしてると思ったら、とんでもない案件を抱えてきたね。


「い、いいよ。ジロウくん」

「くん呼び?」

「じゃあ、ジロウちゃん」

「芸人さんみたいだな」


 ふふって笑って。きっとお互い、今日のことを話し合いたかったはずだったけど。おかしいな。今日はなにがあったんだっけ?


「じゃ、今日は名前呼び記念日だね」

「ふふっ。ユイカは本当におもしろいな」


 そう言って、縁側に腰かけて。月明かりにそっと指先が触れた瞬間、時子お婆ちゃんにコラッと叱られた。


「いい若いもん同士がこんな夜中まで遊んでるんじゃありません。ご近所の目があるでしょう。本当に好き同士だったら、山田さんや内藤さんのところみたいに婚約をしなさい」

「はい」


 と答えたのはジロウちゃんで。靴を脱いで縁側でしっかりとお婆ちゃんに頭を下げた。


「謹んでお受けいたします」


 あれ? ジロウちゃんが受けちゃうの? って思っていたら。


「また明日にしなさい。夜目のせいでユイカがそれなりに見えるんでしょうから? 明日になったら気が変わるかもしれませんからね」


 いや、ないないないない。と思ったけど、今日はこれでお開きになった。


 なんだか色々と忘れているような気がするけど、名前呼び記念日だけは忘れないぞ。


 こんな日々が、どうかいつまでもつづきますように。


 つづく

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