第1話
あたしの腕の中で、コウヘイさんの体がゆっくりと崩折れてゆく。スタンガンを最強にしておいたせいか、そこから黒煙が揺らめく。
「こんのっ!!」
アカリさんの蹴りがあたしを襲う。ダメだ。そんなのにあたってしまったら、手の中の小さいノゾ様が壊れてしまう。
けれど、瞬間的に結界が張られる。東原様だ。
「ありがとうございます」
佐々木さんは、なにかをしかけてくる気配はない。あくまでも、東原様のサポート、という認識でいいだろう。
ふいに、聴覚を轟かすサイレンが鳴り響いた。女将さんがなにかを仕掛けたらしい。
「ほらほら。油断してるとあなたたちの間で殺し合いが始まりそうだわよ」
なにを言って……。
まさか呪いが!?
慌てて取り出したスマートフォンの画面が黒く変わる。そして血のように赤い呪いの言葉が。
「こんなこともあろうから、と、コウヘイ様から手渡しで頂いたものであります。もちろん、ここに居る皆様全員の端末機は呪いの文字しか写しませんけどね」
おっほほっと笑うたぬき女将。そんな油断した状態の女将を、アカリさんが蹴り飛ばした。
「しゃしゃってんじゃねーよ、クソたぬきババァ!! コウヘイさんは、わたしを愛人にしてくれると約束していたんじゃ」
だからと言って、こっちも最後のパスワードを知らないんだし。なによりも、マチ子さんから預かったポーチも、手の中のノゾ様も、絶対に渡す訳にはいかない。
たぬきと陰陽師がすごい形相でつかみあいの喧嘩を始めている間に、なんとかしないと。
「差し出がましいですが、ユイカさん」
マチ子さんに話しかけられた。おもわず警戒してびくりと体を震わす。
「怖がらないでください。大丈夫です。あなた様に預けていたものを返してくださいますか?」
「あ、うん。はい」
あたしがマチ子さんにスマホを返す。
結局、録音がなんだったのかもわからなかったけれど、マチ子さんはとても優しい瞳でそれを見て。
「ふふっ。マモルくんとの会話は、誰にも教えないんだから」
なんて可愛らしいことを言う。
そのうちに、たぬきの従業員たち一同が、ちょうど良さそうな湯加減の温泉を、柄杓で汲み取って運び込み始める。
「え? なにをするの? マチ子さん?」
あたしを愛しそうになでてくれたマチ子さんは、内藤さんとも手をつなぐ。
「呪いなんて、本当はないんですよ。だってあの詐欺男のやることですもの。すべてが虚構なのです」
「虚構?」
「そうです。けれど、もしよろしければ、またわたくしのお友達になってくれますか?」
「もちろんだよ」
ふふっと、マチ子さんが笑って、あたしから離れる。
「約束ですよ?」
なにが起こるのかわからなくて、頭の中がこんがらがってくる。
瞬間、マチ子さんと内藤さんのスマートフォンとタブレット端末はお湯の中に溶けるようにして浸かってゆく。
つづく
※この作品はフィクションです。創作上、このような手法にしましたが、皆様は絶対に真似しないでくださいね。
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