第57話

 そんじゃま、とコウヘイさんがつづける。


「とりあえず、ユイカちゃんは臼井を探し出してあげなよ。このまま放置しておくと、ノゾミが完全に力を使い込まれて、死んでしまうんだ。ノゾミに油を注入できるのは、臼井だけだからね」


 え? 油を注入って、どういうこと?


「臼井は、ノゾミのたった一人の弟だからね。たった一人の家族なのに、現在絶賛反抗期中。本当はね、臼井はユイカちゃんをずっと狙っていたんだ。だって、ずっと探していた女の子をようやく見つけられたんだから」


 え? なに? やっぱりキモイ。


「なんたらでお墓のコマーシャルで一目惚れしたんだと。アホですねー」


 あんたなんかにゃ言われたくないわ。


「ついでに言い忘れてた。おれたち、電子部品の拡張で作られた偽物の人間。いわゆるAI的な存在だった。ノゾミがどうしてもその最後の記憶のパーツを見せてくれなくてね。このままこいつが死のうものなら、腹いせにこの星をどっかーんさせちゃおうか、って」


 わかった。


「コウヘイさん、わかりました」

「うん、きみ飲み込みはいいみたいじゃない?」


 これから、とても大事なことを話す。大きく息を飲んだ。


というのは、コウヘイさんですね? それに、あたしがまどろんでいる時に、待っていてといい置いて、薔薇の香りをさせたのは、ノゾ様で、薔薇の香りをさせることで、自分の存在をより濃くした」


 あのさ、とコウヘイさんはアカリさんのロープと結束バンドを手も触れていないのに切ってしまった。


「今そんな話をされてもなぁ。おれの話、ちゃんと聞いてた?」


 開放されたアカリさんは、オンナの顔でコウヘイさんに抱きつく。


 あんたこそ、今そんなことしなくてもいいじゃんか。


「うっかりこの国のスパー・コンピュータに長く取り込まれていたおかげで、その中で部品同士の喧嘩が起きた。ここから出たい。そのためには、ノゾミのパーツが必要なんだけど、あいつ容量がよくってさ。いっつも煙に巻かれておれたちの負け。そんな中でノゾミは弟を作り上げた。臼井という冴えなくて普通を形容したような男を。本人は人間だと信じて疑わないけど、あれも機械の部品の一つだからね」


 カランと氷の溶ける音がする。こんな時なのに、陰陽師の佐々木さんが天然水をロックで飲んでいた。


「そんな小競り合いの中で、陰陽師とも知り合いになった。彼らは特殊な環境で育ってきたからね。不思議なほどおれに懐いてくれた。そのおかげで、端末を呪う、という奇襲作戦に出たわけさ。だって名案だろう? この国の人間はいつだって端末を離さない。だから必然的に呪いが拡散される」


 それで? あたしはどうして狙われているの? まさかあたしも機械の部品の一つ、とでも言うのだろうか?


「薄々気づいていると思うけど、ノゾミにとって、きみは大切な宝物なんだよ。だから、きみをピンチに追い込めば、ノゾミが全部吐くんじゃないかと思って。けど、そうだよね。きみに選択肢をあげよう。あの学校を完全複製するか、ノゾミを救うか。例の呪いは、八時決行。たった一つの学校を選ぶか、大量の死骸を見ることになるのか、きみの選択がとても楽しみだよ。あっははは」


 その時、あたしは精一杯の力でコウヘイさんを抱きしめた。


「そんなに大きな体なのに、そこまで人恋しいの? あなたがあなたである以上、今のあなたを更新すればいいだけなのに。不器用だな、本当に」


 そう言うと、あたしは持っていたスタンガンをコウヘイさんの首の後ろ側に押し付けた。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る