第56話

「はいはいはいはい!!! みんな楽しく踊ろうぜーい」


 なにを言ってるんだろう? コウヘイさん。この修羅場が見えてないの?


「おーや? 皆さん顔をしかめてどーしちゃったのかな? もしかして、おれがこいつといちゃついてるのが許せないのかい?」


 ほぁ、と短く息を吐く。


「あなたが、薔薇の香りのコウヘイさん?」

「ん? 薔薇の香りなんて安っぽい香水はつけたくないが、本当にそんな香りがする? 笠原 ユイカさん」


 バカだった。こんなやつに多少なりとも好意を抱きかけた自分が今では許せない。


「さぁ〜て、皆の衆。これから本物の地獄絵図を見せて差し上げましょう。人間は、極限状態に追い詰められた時にどんな言動をするのか。そいじゃあいっくよぉ〜ん。あなたの端末機は呪われています。はい、ドーン!」


 まるでピストルを打つような仕草のコウヘイさんが手を叩くと、一斉に端末機が黒字に赤い文字で、あなたの端末機は呪われています、とだけ表記されている。


「つづきは? 自分が助かるために他の人を殺せ、みたいな文字は?」


 あーっはっはっ、きみなかなか面白いことを言うね。とてもじゃないけど、これはフィクションではありません。とだけ付け加えておこうか、なんて軽口を叩く。


「まぁ普通の人間はまだ寝ているだろうからね。この国で朝八時になったら、このメールを一斉流失させて、と。タイマーにセットしましたぁ」


 あわあわとするあたしたちの端末から、例の画像が消えた。


「ところでぇ。おれが今、ここに居るのって、おもしろくない? あの学校も生徒もみんな、みーんな愛しきプログラムであるこのマチ子もどきがやらかしてくれたんだけどさあ。ここで一つだけ条件を出しまぁ〜す!!」


 まだ、なにかあると? 疲れるわ。なんかもう、テレビとかのお仕事なんかより疲れたわ。


「それでは、これからきみたちにいくつかの条件を出します。準備できた? ワクワクしない?」


 そう言うと、コウヘイさんは長い爪を一瞬で伸ばして、そこからマチ子さんもどきに電気を流した。マチ子さんもどきは、黒煙をあげて、もどきと一緒に消え去ってしまう。


「気にすることはない。こいつ、ただのもどきのクセに、おれの正妻ヅラしててキモかったんだ。むしろぼくはそっちのマチ子ちゃんの方が好きかな?」


 あまりにもひどい仕打ちに、胸焼けがする。なんとおぞましいことをするんだ?


「ちなみに、本物のマチ子ちゃんは、おれが何回口説いても振り向いてくれない。そこがまたそそるのよ〜」


 コウヘイさんの言葉に顔を歪めたマチ子さんは、ブルブルと震えていた。気持ちはわかる。


「ちなみに、もどきはご丁寧にサポートしていたおさげの女の子が誰だかわかるかなぁ? 挙手でお願いしまーす」


 そうしたら、もうあの子の腹の中が見えちゃうよ。あの子のおじいさんが、あたしを大手葬儀会社のコマーシャルにと指名した人だ。けど、どうして?


「ふふん、あの子はね、生まれた時から長いことおじいちゃん子でね。きみのコマーシャルが今でも使われているじゃない? なんて、あんまりじいさんがきみを褒めるものだから、だったら自分も含めてこの世界を全部壊してしまいたい、と願ったのだよ。つまり嫉妬だよね。自分はどんどん年をとるのに、コマーシャルの中のきみは年をとらない。学校では死神だなんて勝手に悪口言われてさ。もういいや、って投げちゃったんだ」


 先の見通しなんてわからない。投げるな、と今ならその子に言ってあげたい。


 つづく




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