第55話

 いた!! まごうことなき、本物のマチ子さんだっ!!


「ユイカさん、ごめんなさい。わたくし、急に内藤さんに会いに行きたくなって」

「ごめん、後で聞く。アカリさん、ノゾ様を開放してください。ノゾ様になにかあれば、彼女しか知らないパーツだとか、そういうのもわからないままになりますよ」


 革でなめしたボディースーツに身を包んだマチ子さんは、どこか艶めかしい肢体で、内藤さんにエスコートされて、バイクから降りてきた。


「いいか。そんな女狐、勝手にコウヘイと仲良くしてればいいんだ。共倒れしても、おれたちには関係ないからな」


 内藤さんの言葉は本当に冷たくて、そっけなかった。


 内藤さんの言葉でアカリさんの顔がヒクヒクと吊れたように歪んだ。アカリさん。本当にコウヘイさんの仲間っていうか、洗脳されているんだね。知らないのって怖いな。


「や、やめてっ。内藤までわたしを女狐扱いしないで。だって、しょうがないじゃない。生きるためにはコウヘイさんが必要なんだもの。わたしとおなじ立場だったら、誰だってそうするわ」

「ならばよかろう。孫娘の責任はわれが仕留めるしかない」


 小刀と御札を手にした東原様は、気のせいかさっきよりも小さくなっているように見えた。


「ふん。こんなちっぽけな星のために、自分の命をかけてまで大騒ぎするなんてバカバカしい」


 その間に、マチ子さんがものすごく早い指使いでキーボードに数字とも顔文字とも思えるような言葉を叩きつける。やがて、ノゾ様を苦しめていたドーム状の結界に少しずつ穴が開いてゆく。


「チェックメイト」


 マチ子さんが最後のエンターキーを押すと、結界もノゾ様も消えてしまった。


「え? マチ子さん、ノゾ様はどこにいるの?」

「ノゾ様はわたくしの手の中におります。わたくしと内藤は、女狐と女将を結束バンドで縛りつけた上でこらしめて、大黒柱にも縛ってしまいますので、ノゾ様のことはどうか、よろしくお願い致します」

「わかりました。でも、小さなノゾ様もかわいいなぁ」


 まるで、おとぎ話に出てくるような妖精みたい。しかもすやすやと安らかな息を立てて眠っている。……と、いうことは? 電話をかけてきたのはやっぱりノゾミさんじゃなかったんだ。どうりで、そんな気がしていたよ。


 感情のジェットコースターでバテているけど、ノゾ様の弱った姿を見たら、断然気合が入る。今度はあたしが、あなたを守るっ。


「笠原殿、悪いがわしにもノゾ様を見せてはくれないか?」


 東原様には断る理由はないから、そっと手のひらのノゾ様を見ている。


「ああっ」


 ノゾ様を見て、東原様は小さくなった自分のことよりも、ノゾ様の姿をじっくりと見つめる。


「もはやここまで力を使い果たしたか。だが、ノゾ様を殺させはしない。わしだって本当は陰陽師と同等の力を持っていた。われがなんとかしなければ」

「……東原様? ノゾ様のことを知っていらっしゃるのですか?」


 ぴちょん、と湯屋から音とともにとても強い薔薇の匂いが漂って来た。


「ハロウ、エブリワン。みんな、人生をふざけながら楽しんでるう?」

「ふふっ。コウヘイ様のお陰で、一つの星を潰すことができますね」


 それは、臼井によく似ている自信過剰のコウヘイさんと、そして、どう見てもニセモノのマチ子さんもどきだ。


 だってそうでしょう? 本物のマチ子さんはあんなに厚化粧なんかじゃないし、どう間違ってもコウヘイさんなんかに媚びへつらったりしないもん。


 つづく




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