最後のパーツ
第54話
旅館の中に入り込むのは、もっとすごく大変なのかもしれないと思いこんでいた。
なぜならこの旅館や敷地内には普通の人は見ることのできない結界が貼られているからだ。
でも、だからと言って、たぬきを信用することはできない。あたしを出し抜いたり、マチ子さんの行方もこの旅館でにおいが消えているから。
「おっほほほほほ。先程はお客様に大変なご無礼を働きましたこと、誠にあいすみません」
アカリさんは、内藤さんが作ったという朝食をあっという間に食べ終えていた。意外にも大食漢?
「あーあ。まためんどくさいのが戻ってきた。ってことで、人質はお返し致します」
それは、端末の中で更にとらわれているノゾ様だった。
「いやだってあれでしょ? 皆でコウヘイさんをやっつけよー、おー。みたいな計画を立てていただけのことでしょ? もうさ、この人たちおかしいんだよ。綺麗事をいくつ並べ立てても、誰一人としてコウヘイさんと話し合おうとはしないのだもの。すーぐ戦って。ほんのわずかな記憶の一部を取りあいしてさ。もう、こんなの辞めにしない?」
アカリさんは、もっとクールな女性だと思っていた。
戦闘服はブランド品で、女陰陽師とさえ噂されて、それでまぎれもなく大切な東原様の孫娘で。
あたしは大事そうにその端末を胸に抱きしめた、
「アカリさん。マチ子さんは今、どこに居るんですか?」
「さあ? どこかのぼんくらと、どこかでいちゃついてるんじゃないかしら?」
あたしの手に戻ってきたノゾ様は、顔色も悪く、とても苦しそうだ。
「ノゾミさんになにをしたんですかっ」
変な子、アカリさんにそう言われて、あたしの額にデコピンした。おそらくそれで、御札の効果を削ぎ落としたつもりなのか。そんなの、全然効かないんだから。
「ノゾミさんを助けてください」
「じゃあ、マチ子から預かったものをこっちによこしなさいよ」
ノゾ様を助けたら、マチ子さんからの預かりものはすべて失ってしまう。どんな事があっても、絶対に渡さないとあれほど誓ったのに。
反対にマチ子さんの居場所を聞いたとしても、ノゾ様は端末の中で苦しんで、死んじゃうかもしれない。
なんて残酷な取り引きなのだろう。
「さてさてぇ〜。笠原 ユイカはどちらを殺すのでしょうか? 持ち時間はわたし次第。どう? 待っている間に、わたしとコウヘイさんの仲を知りたくない?」
ざわざわする。心臓が高鳴るほどに。AIサーカスに連れて行ってくれたのは、マモルさんで。そのマモルさんの彼女はいつの時代もマチ子さん。あたしの、マチ子さん。
「おぼこいお嬢さんね。それじゃあこうしない? この端末は呪われています的なの使う? 試しにわたしがやって見せましょうか?」
「辞めてくださいっ!! そんなの、遊びでもなんでもありません」
そんなの、洒落にならない。たくさんの命が犠牲になったというのに、どうしてそんなことをいえるのだろう?
いつの間にか黒ボアを倒すことで皆に喜ばれていた。喜ばれると、自分の居場所ができたような気がして嬉しかった。
だけど。あたし、いつからそんな歪んだ人間になった? 人の命が関わっているというのに。
「不条理でしょ? この星はどこまでも不条理なのよ。だったら、適当に快楽に飲み込まれて、適当にやり過ごすしかないじゃん」
くっと目をつぶった。嫌だ。こんな風に簡単に人が呪われるなんて、そんなことしちゃいけない。命はゲームじゃない。軽く扱わないでっ。
「それもダメか。じゃあ一層のこと、今日ぶっ壊された教室も生徒も、集団ヒステリーってことにして、何もなかったように日常生活を送れるようにしてあげるとか、それならどう?」
うっと声が出かけて辞める。違う。だって違うよ、そんなの。
「やはりここにいたのか、女狐め」
大型バイクごと旅館に突っ込んであらわれたのは、内藤さんだった。そして、そんな彼の腹に腕を回しているのは――。
つづく
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