第60話 大咲【ダイサク】と佐々木
「本当に手のかかる奴らであったな。佐々木や、わしにあまり辛いものを食べさせるな。塩分取れすぎだと医者に言われておる」
余生は廃墟と化したこの温泉旅館ですごすことに決めた。
あの混乱の中で、電気でない者は端末だけが溶けて、本人たちはびしょ濡れになり、ゾンビのようになっておった。
たぬきはただのたぬきとなり、どこへなりと消えてしまった。
あらゆる端末は、煩悩の塊。それでもよいとわしは思う。悪いのはそこにつけ込んで呪いなんぞをかけたコウヘイなのだよ。
だからこぞってスマホを、端末を温泉の湯に漬けた。機械は水に弱いからの。そこに薬湯の温泉に漬けたら、ひとたまりもない。呪いなんて、こんなに簡単に解くことが可能であったのかと笑ってしまう。
アカリは一族に女陰陽師だったことを白状し、その力をすべて一族にゆだね、東原の名字を捨てる覚悟でもって、婚活パーティーに明け暮れておる。まったく、どこまでも愚か者じゃの。
みなの魂は、ここで一旦削除されて、再構成されるという。
この世はなんとも不思議なことばかり。
面倒なことはごめんだと、わしが勝手に高校に辞表を出した遠い昔のあの頃が懐かしいのう。
親父にもしこたま殴られたもんじゃ。
【お前は、学校を辞めてどうするつもりなんだ!? え? お前はなぁ大咲、この神社を継ぐだけではなく、陰陽師候補として勉強しなければならぬのだぞ】
そーだ、そーだ。親父が悪いんじゃー。
なんて喧嘩して家を飛び出したのもつかの間。
深夜のコンビニでアルバイトをしていた時に、お袋から電話がかかってきた。
【この親不孝者!! お父さん、なにも悪いことをしていないのに、本家とのお酒の席で叔父さんと大喧嘩になって。全部あなたのせいよ、大咲。あなたが神社を継がないなんて言うから。叔父さんの酒癖の悪さは知っているでしょう? 叔父さんはこう言ったわ。大咲のせがれが継がないならば、神社の物すべてがわしのもんじゃな、なんて口を滑らせて。お父さんも悔しかったから、つい叔父さんを投げ飛ばして怪我させて。挙句の果てに翌朝松の木で首をくくって死んでしまったのよ】
本当はもっと立て込んだ事情もあったが、もう忘れた。
強がっていたのはそこまで。わしは本家の皆さんに頭を下げて実家に戻り、少々気まずかったが復学し、
電気のパーツが自らの意志を持ち、この星を破滅させようとしているなんて驚きだったわい。だが、彼らに感情を与えてしまったのは人間の身勝手。後は野となれ山となれじゃ。
わしはいつもあと一歩が踏み出せん。ならば、誰も居なくなったこの庭を見守る以外他にないじゃろう。
「東原様、そろそろお背中を流す時間でございますが」
「残ったのは佐々木だけか。これまですまなかったな、アカリのようなじゃじゃ馬娘の面倒まで見させてしまって」
とんでもございません。わたくしごときにそのようなさらないでください、と丁寧に頭を下げておる。
「崩壊した学校の方はどうなった?」
「そちらも、恥ずかしながら陰陽師一同によってあらゆる毒を祓い清め、東原様の御札のお陰で、ごく短時間で再構成できました。一度命を喪った者たちに生を与えたものですから、複数の陰陽師が力を喪いましたが、その時の生徒たちの記憶は封印し、惜しくも記憶が戻った生徒には集団ヒステリーだった、ということにいたしました」
「うむ。みなもがんばってくれたのじゃな。ありがとう。後でわしの口座からみなに分け与えてくれたまえ。ほんの微々たる気持ちじゃけどな。佐々木や、もう下がって良いぞ」
ですが、と言いかけて、わしを見やる。本当にいい男なのじゃが、遠慮がちな性格と陰陽師を辞退したことで、現在は他の者が神社を継いでくれておる。
「わしに付き合わなんでもよいのじゃよ。そなたがアカリを好いておったことぐらい、お見通しじゃ。だからと言って、自分の時間を犠牲にする必要はない」
とたんに佐々木の顔つきが変わった。ほう、いい目をしておるではないか。
「それならば、わたくしの時間を東原様に捧げます。これは、わたくしのわがままです」
「そうか。ならば湯にするかの」
コウヘイという奴が、電気のパーツでありながら、なぜそこまでしてすべてを壊そうとしておったのか。
わからないでもなかろう。なぜなら、誰にでもなにもかもを投げ出して、この場所から逃げ出し、見るものすべてを壊してしまいたい衝動に駆られることぐらいあるじゃろう? やつめのそれは、赤子がはじめて息をした時のような、そんな全力の愛を探し続けた、ただそれだけのことじゃった。
もっとも、奴は、はるか彼方までをも破壊しようと企んでもいたがな。
破壊と愛情。
拳と愛情。
好きな相手でなければ、わざわざ殴ることもしなかろう? なにより拳が痛いからの。
わしの体は、どんどん小さくしぼんでゆく。それもまた運命。
旅館の庭の端に、コウヘイであったはずのかけらを完璧に壊して、小さな祠を作った。わしにはそれくらいのことしかできんからな。
さてと。わしはドール趣味の佐々木の手作りの小さなソファで横になりながら、湯まで運んでもらった。
わし専用の温泉に浸かると、ふわぁとあくびが出てきおった。
あー、極楽、極楽。
実際の極楽はまだ程遠いけどの。
つづく
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