第58話 ぼく【独白】

 もしも、宇宙のどこにも自分のことを好きだと言ってもらえなくて。


 たとえば冴えない人生を他人のせいにしてみたり。


 どうしても手に入れたいもののすべてを集めてみたって。


 おそらくそれは、単なる小さな自己主張だし、嫌いな人が生きているおかげで、嫉妬を覚えることもできる。


 手に入れたすべてが単なるガラクタだとののしられることになろうとも。


 一度手に入れたものは決して手放さないで。


 愛しい人。


 きみはぼくを知らないままでいいんだ。


 この惑星は小さくて、自分の居場所も仕事も生きる希望さえなくしてしまっても。


 どこかでふっと思い出して、ほんの少しでいいからくすっと笑ってくれたなら。


 ぼくは、それだけですごく嬉しくて、満足してしまうんだ。


 だから、ね。少し大変かもしれないけれど、もう一回だけぼくを受け入れてくれないかな?


 これで最後にするから。


 すべてが元通りに、綺麗にできたら、ぼくとの思い出はすべて、きみの記憶から消してしまうと約束する。


 そしてぼくは、そのままどこか遠くへと流されることになるだろう。


 ねぇ、きみならわかるでしょう? 普通に笑うことのできない不甲斐なさを。自分だけ孤立しているような臆病な心も。不器用な優しさも、傷つきやすい繊細な気持ちも。ね? ユイカ。


 そして今回は運転手としての役目だった佐々木くん。陰陽師とは名ばかりだなんて、本当の実力をなぜか心の奥に封じ込めて、アカリさんのために脇役を演じてくれたね。自分の気持ちを彼女に踏みにじられて、いつもにが油を飲まされる立場になると知っているのに、運命から逃れずにいるとても優しくて強い人。


 そしてアカリさん。きみは、なぜかはじめからコウヘイくんを知っていたよね。従順な婚約者の佐々木くんでは物足りなくて、情熱的な恋に憧れ、コウヘイくんとすぐに結託してしまうきみは、いつの日かその立場が横取りされてしまうのを恐れて、嬉々としてコウヘイくんの手先になってしまった。本当は臆病だって、見透かされないように必死で高級ブランドに身を包んで。それはまるで戦闘服のようだったね。


 そしてそして、忘れてはならないのが、スパー・コンピュータにとらわれた時からずっと恋人同士だった内藤くんとマチ子さん。軸がブレない二人は、ぼくからしたら、きみたちは理想の存在なんだよ。


 旅館のたぬきたちは人間に化けることを好んで、そしてここをコウヘイくんのくつろぎの場所にしてしまったよね。結局彼らも普通のたぬきに戻ってしまったけれど、もう人を化かしてはいけないよ。


 臼井くんの記憶が時々なくなるのは、時としてコウヘイにブレインを支配されてしまうせい。コウヘイの力は弱いから、少ししか支配されないんだ。でも、そういうのって不安だよね? 彼は気づいていないけれど、本当は大切な仲間なんだよ。


 ねぇ、みんな。


 きみたちには、ぼくを見ることはできない。


 でも、怖がらないで。


 いつか、優しい人が、おだやかな日々をつれてあらわれるから。


 だからユイカ。恐れないで聞いてね。


 臼井くんはね、ぼくの双子の弟なんだ。


 でも大丈夫。


 臼井くんはその辺のパーツの一つにすぎない赤の他人だから。彼もきっと簡単に、ぼくを忘れてしまうだろう。


 そしてきみは、ぼくの初恋の人。本当は臼井くんなんかに渡したくないよ。だけど、ぼくと一緒だと、きみがしあわせになれないから。


 悔しいけど、臼井くんに譲ってもいいよ。


 だってユイカは、初恋の人であり、このぼくに母親のような優しさを教えてくれたから。


 運命って残酷なんだ。アカリさんに端末機の中に囚われて、そして結界が破れた後、ぼくの体はありえないくらい消耗して、とても小さくなっていた。


 ユイカに守られて、ぼくはとても安心したんだ。なぜだかずっと前から知っているような感覚。


 ユイカだけは、ぼくが作ったんじゃない。きみは最初から自我を持って生まれてきたんだ。これってすごいことなんだよ。


 だから憧れる。好きになる。仕方ないよね。


 次こそはぼく自身がコウヘイと共に滅びなければならない。そうでなければあいつは、何度でも復活してしまうから。この星を破壊することばかり考えている悪党だから。


 そのクセ、コウヘイは貪欲になんでも欲しがるへきがある。


 いつか、自分が住む世界が、息をする場所が本物ここではないことに気づいて欲しいな。


 悪いことは全部、ぼくが吸い込むよ。そうでなければ見送ることができない。きみの幸せを、心から祈るから。


 だってみんながきみのことを好きなんだよ。


 ただここに居てくれるだけで、とても安心するんだ。


 そんなきみの、本当はすごく優しいところを悔しがって、一方的に嫉妬されたり、いじわるされちゃうこともあるけど、そんな人は相手にしなくていいんだよ。


 そして、きみにとっての一番の好きを見つけられたら。


 そうしたらぼくも、ほんの少しだけの気配で、きみの好きを見届けてあげたいんだ。


 その時きっと、奇跡が起こってきみを普通の人間に変えるプログラムが組み上がる。


 ぼくはね、一部ではあの方だなんて呼ばれているんだ。本当はコウヘイが仕組んだことだったのに。でも、だからこそ、慎重に物事を運ばなきゃって焦ったけれど。


 今はまだ、なにも知らなくていいよ。


 少しの間だけど、おやすみ。


 つづく

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