第50話 五百円の価値

 子供心に、家の中やお庭にいたらいけないんだと、お母さんの顔色を見てわかった。


 五百円もくれるなんて、すごいなぁ。おかあさんはどうやってこのお金を手に入れたのだろう?


 小さな橋の欄干らんかんにたどりついて、川にうつる自分を見つめてみた。それはとてもおそろしい顔で、おかあさんの顔が、あのデパートで見せたような、おなじ顔をしているあたしだった。


 やっぱり、おかあさんもあたしを置いて行っちゃうのかな?


 さみしくて、五百円玉を手のひらにのせて見た。


 ツヤツヤしていてとてもきれい。


 だけど、おかあさんにとっての五百円は、かんたんに手放せる程度のもの。


 ぎゅって手を握ると、その手を大きく振りかぶった。


 捨てちゃうもん。


 だいじになんてできないもん。


 みんなみんなだいきらいなんだからっ。


 それでも。


 振り上げていた腕を、ゆっくりとおろして、握りしめた。


 捨てることなんてできなかった。


「よかった」


 知らないお兄ちゃんに話しかけられて、鳥肌がたつ。


「いきなり話しかけたりしてごめんね。実はぼくにもきみとおなじ年頃の妹がいてね。きみの後ろ姿が妹に少し似ていたから、見ていたんだけど。お金を捨ててはいけませんよ?」


 人の良さそうな男の人が近づいて来そうな気がして、後ずさる。


 五百円玉も、両手でしっかり握りしめた。


「えーと? きみ、もしかして犬と猫と小鳥を見ていないかい?」


 ぶんぶんと首を左右に振る。いきなりたくさんの動物さんが逃げるだなんて、ダメなお兄ちゃんだなぁ。


「ぼくの名前はマモル。答えなくてもいいけど、きみは?」


 決められない。大人の顔色ばかりをうかがってばかりいたから、こんな時にこたえることが、すぐには出来なかった。


「そっか。じゃあ、ぼくはこれで。動物さんたちを早く見つけて帰らないといけないからね。さようなら」


 その時のあたしは、はじめて胸が引き裂かれるような気持ちがした。


 お兄さんはともかく、動物さんたちを助けたい、それだけの為に、あたしは勇気を振りしぼって名前を教えた。


「あたし、ユイカです。動物さんを探すのをお手伝いします」


 一瞬ぽかんと顎が外れたような顔をして。いや、その辺はきっと時間がかかると思うし、なによりもきみ、ユイカちゃんのご両親が心配すると思うんだけどな? なんて笑顔を浮かべる。


 決して美形とは言えないようなこのお兄ちゃん。本当は、自分のことを探して欲しかったんじゃないのかな?


「とにかく、今日はお帰り。ね? なんならお家まで送るけど?」

「平気。あたしつよいから」


 お婆ちゃんのおうちから学校につながる道の先に、道場があって、ゴシンジュツ? を教えてもらったから。


「だったらなおさら早く帰らないと?」

「いいの。あたし、ジャマモノなの。みんながあたしを生ゴミに出すか、不燃物で処理するかで怒ってばかりいるの。だから、あたしなんていらないの」


 涙があふれてきて、手の甲で涙を拭いた。


「ああ、だめだよ。きみみたいに可愛らしい女の子が顔をこすったりしたら。ぼくのでよければはい。ハンカチで拭くといいよ?」


 マモルお兄さんは二、三回あたしの涙を拭いてくれた。


「うーん? しょうがないなぁ。泣いている女の子を一人にはできないや。ねえ、よかったらぼくの職場に来てみない?」


 しょくば? 


「そう。犬と猫と小鳥のことはたくさん叱られてもいいから、ぼくはきみの笑顔が見たいんだ」


 どうかな? なんておだやかな顔をするのだろう? こんなに優しい気持ちになれるのならば、きっとお兄ちゃんのしょくばも優しいかもしれない。


 もう少しなやんでから、いいよ、とこたえてしまった。


 つづく







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