思い出

第49話 幼少期のトラウマ

 おかあさんは、まいにち泣いているの。だって、おとうさんが怒るから。


 ある日、おとうさんは、おかあさんがいないうちにあたしを外につれだした。


「なんでもいいよ。好きなものを一つだけ買ってあげる」


 おとうさんからそんなことを言われたのははじめてで。あたしにとってのはじめてのデパートはすっごくキラキラしていて、おもわず天井を見上げた。


「よそ見をするんじゃない。なんでも一つだけ買ってやるから、ちゃんと教えたとおりにしゃべるんだ。できるよな?」


 でも、どうして? きいてもきっと、答えてくれないだろうから、あたしはキラキラしているアクセサリー売り場でキョロキョロしていた。


 その時。


 ここにいるはずのないおかあさんが、すごくきかざっていて、知らない男の人と腕を組んでたのしそうにあるいていたの。


 さぁ、言うんだ。おとうさんはとても怖い顔であたしの肩をゆさぶった。


 たったひと言でいい。なるたけ大きな声で呼びかけるんだ。


 あの女は、おまえにとってのなんなんだ!?


「お……」


 もっと大きい声だ!! 出せるだろ。


 おとうさんにもおかあさんにも嫌われたくない。一人になんてなりたくないよ。


 言え!! 大きい声で言うんだ。


「お、おかあさんっ!!」


 知らない男の人とよりそってあるいていたおかあさんは、その腕をパッと離して、真っ青な顔になる。


 おかあさん、あたしを怒ってる。


 それからおとうさんはおうちに帰ってこなくなっちゃった。


 しばらくして、お引越しがきまったの。


 ちょっとだけおっかないお婆ちゃんのお家。だけど、おかあさんはあまりここには帰ってこなかった。


 だけど、すこしだけ大きくなったあたしを見て、おかあさんはあたしでかねもうけができると言った。とてもおそろしいかおをする。


 お婆ちゃんはやめなさいと怒鳴って、それからあんたは? どっちを選ぶの? おかあさんだよね?


 突然のことすぎて、なんだかよくないみたいで、お婆ちゃんの顔を見た。お婆ちゃんは、とてもさみしそうにおかあさんを見ていた。


 だから、今あたしを必要だと思っているのはおかあさんなんだとわかって、うん、と答えた。


 しばらく外で遊んでいらっしゃい。そう言うと、なんだかとてもきれいなおサイフから五百円玉を一つ、あたしの手に乗せた。


「大事に使いな」


 ただ、あたしのきおくはそこではおわらない。


 つづく

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