第48話

 なにしろ、ドアは壊れてしまったのだから、東原様や荷物をすっかりしっかり抱きしめて、ワープが終わるのを待つ。


 場所が場所だけに、いつもより時間がかかった。しかも、旅館の手前ではやたら強力な結界まで貼られていた。


「どうやら、着いたようじゃの」


 東原様をしっかり肩に乗せて、黒い霧の濃さに啞然としてしまう。


「あまり良くない結界じゃな。心配せんとも、笠原殿は先程の御札に守られておる」


 佐々木くんと呼ばれた運転手さんは、よく見るととても綺麗なお顔をしていた。そう、まるで煩悩をまったく感じられないような、そんな静謐な存在感だった。


「わたくしの後を着いてきてください。東原様も、どうぞわたくしの肩にお乗りください」


 佐々木さんの朴訥な声は、この緊張感の中でも透き通っていた。


 東原様も、どうせなら若いおなごの肩の方がよいのじゃが、とぼやいていた。きっとあたしが緊張してるから、気を使わせてしまったんだ。


 だけれどこれで、コウヘイさん? にだまされたのは今日のうちにもう二回目だ。まさか、と胸の奥がざわついてくる。


「東原様」

「なんじゃい?」

「臼井は、殺されたのですか?」


 少し考えた末に、東原様はまだわからん、と答えた。


「まだ? 生きている可能性もないのですか?」

「だから、笠原殿はそう思いつめるクセを直したまえ。わしだって一応は男のつもりじゃ。つまり、どんなに綺麗であっても、男のにおいなぞ覚えておらんわ」


 息が。とまるかと思った。


『おーい、東原様。悪いのですが、そこで悲劇のヒロインを演じている俳優もどきと、荷物を持って、ここまでワープすることは可能ですか? 現場はわりと混沌としているんですよね』


 ノゾ様からの電話の声が、あたしにも聞こえた。


「と、いうことで皆さん、長いワープになりますが、絶対に自分から逃れようとなさらないでください」


 逃れようだなんて。そんなこと。しない。ノゾ様を見捨てることなんて、あたしにできるわけがないもの。


 佐々木さんが言った通り、かなり長いワープの中で、ピクトグラムとなぜかあたしの過去が映し出される。


 あれは、夢だと思っていた。だけど、もしかしたら、本当のことだったのかもしれない。


 それは、あたしがまだ小さな子供で、子役になる少し前のこと。


 その日、その頃、あたしは誰よりもちっぽけな存在だった。


 つづく




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