第47話
「そなたはすぐに自分の命を差し出そうとする。それをみなが喜ぶとでも思うか?」
「わからないです。あたしの居場所はどこにもなくて、きっとみんなから嫌われているし――」
「待った!」
臼井がものすごく怒った顔をした。それはもう、恐ろしいほどに。
「ですから。おれを信じてくれなくてもいいから、一緒に暮らしましょうよ。偽装結婚だって、ちゃんと結婚のうちに入ります。なにもユイカさんが犠牲にならなくたっていいじゃないですかっ。おれとしては、どうしてもユイカさんがその思いを貫き通すとなったら、一緒に行きますからねっ」
怒られてしまった。
あたしをからかったり、嘘つかれたり、利用されることは山ほどあったけれど、仕事以外で怒られることなんてなかったから。
おかしな気持ち。
「じゃから、笠原殿が無理に現場に行く必要はない。わしら陰陽師一族をあげて、必ず学校も子供たちも、誰一人犠牲を出したりしてはならんのじゃ」
「でも、さっきコウヘイさんが言っていたやつ。電磁回転の逆流。時空を歪めて、何事もなかったことにする。ってのは、犠牲がなくてもできるのですか?」
「もちろんじゃよ。陰陽師を甘く見るでない」
東原様……。ちゃんと考えてくれてた。
「ありがとうございます、東原様。本当に、なんとお礼を言ったらいいものかわかりません」
あんな状態――、学校が崩れてしまうというのに、誰のことも救おうとしなかったのは、本来のマチ子さんじゃない。それだけは本当のことだから。
やっぱり、家に帰ったら録音を聞いてみよう。
「笠原殿」
東原様は、顔をクシャクシャにして笑った。笑うって、こういうことなんだ。相手を安心させる。
「どうかしましたか?」
「そなたは純粋ゆえに心配になる。どうか、まがい物か、本物かをきちんと見極めて欲しい。そして、選んだことに対して、自分を責めるな」
「えーと?」
いやな、と東原様は、あたしが考え込んでいる間に臼井の頭を連続で叩いた。もちろん、なんだかご利益の有りそうな扇子だし、かなり痛そうだけど。
「こういうな、誰にでもおなご共ならみんな自分の虜にしようとする青年のことなんぞ、信じるでないぞ?」
「ちょっと、変なことを言わないでくださいよ。東原様。濡れ衣ですって。それをしたのはコウヘイさんであって、おれじゃないし」
本当にそうかの? 東原様のその言葉があたしの胸に刺さる。うっかり臼井のことを信じそうになっていた。ここにいる男がコウヘイさんかもしれない。そう思って距離を取っていたはずなのに。
「東原様。では、そちらは東原様におまかせしてもいいですか?」
「うむ。任せてくれたまえ」
けたたましく臼井のスマホの着信音がワゴンの中で鳴り響く。
「ああ、ごめんなさいっ!!」
そう言うと、臼井は電話に出て、それからあたしたちにも聞こえるようにしてくれた。
その声は、間違いなくノゾ様で。
『悪いのだけれども、もう少し早くたどり着けないかい? 電話では話せない、重大な発見をしたのだ。では、のちほど』
言うだけ言うと、ノゾ様は電話を切ってしまった。
重大な発見だなんて。なんのことだろう?
ノゾ様の声の調子も、あまりよくなかったし、あの旅館でなにかが起きているのだとしたら……。
「すみません、運転手さん。車ごとワープってできますか?」
酔ってしまうのはわかっていても、それどころではないのだ。早く着くためには、手段を選んでいられない。
あたしが身を乗り出しているところへ、臼井の手が、やけにカサカサしていて、あたしの手を強く握りしめた。
「痛いっ。離してよ、臼井」
「お嬢!! そやつは先程までの臼井ではないっ!! 触れた者の記憶を一部修正して書き換えてしまうようだ!!」
そう言うと、東原様は無理やりあたしの手を掴んでいる臼井の手に、呪文をかけた御札を貼り付けた。その瞬間、臼井の手から強い光が溢れ出し、炎があがる。思わず手を引いた臼井だけが、苦しそうにしていて、本当に誰がどの人なのかもわからなくなってしまった。
「あづい。あづいよ。ひどいや、きみはおれだけのユイカなのに」
そのひどくしゃがれた声で、運転中のワゴン車のドアを、強引に引きはがす。
運転手の佐々木さんは車を止めた。
その隙に、臼井は車から転がり出た。
「ばかなおんなだな。そんなんだから、ストーカーされるんだ」
そんなん? そんなんって……あ。今ので臼井から貰った指輪が無くなっている。じゃあ、もしかしたらあの指輪にGPSが入っていたってこと!? ストーカーは臼井だったのか。迷惑だわ。
その返事を待たずして、臼井だったはずの者は消えてしまっていた。
「やはり偽者だったの」
佐々木さんが車を急発進させる。彼は、味方なのであろうか?
「ワープします。大事なものは手から離さないで、しっかり持っていてください」
本当になにを信じればいいのか、いい加減わからなくなってくる。
つづく
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