第46話

「ごめんなさい、ユイカさん。なんか、コウヘイさんチームがあなたをひどく傷つけてしまったと、ノゾ様が教えてくれたので駆けつけたのですが、あの女将さん、どうやらコウヘイさんの味方だったらしくて、なかなか結界の中にはいれなかったのです」


 すん、と鼻をすする。弱っているところを、臼井なんかに見られたくない。


「たぬきはよく人を化かすからのう。あの女将のたくらみや、アカリの言動まで、あやつらが操っているらしいことまではわかっておった。それに、内藤という料理長がこうも都合よくこんな場所にいるわけがないし、旅館の厨房を他人に任せるはずがない。するとなると、食事に何か良からぬものがまぜてあった。わしにはそれが見えたのじゃが、あししげくこの旅館に泊まるアカリには、見えていなかったのであろう。あやつはチョコレートと美男子に目がないからの。帰ったら修行のやり直しをさせなければな」


 それともう一つだけ、と臼井はとても言いにくそうに額にシワを寄せた。


「おれたちの誰一人として、マチ子さんがどうして急にあちら側にいるのか、その理由がわからない。今朝になったらいなくなるなんて。あれほどユイカさんにこだわっていたのに」


 マチ子さん、本当にどうしてなんだろう? あたしはまたポーチの入ったカバンをきつく抱きしめた。


「言いにくいけどユイカさん。マチ子さんからなにかを預かったのでしょう?」

「それは臼井には関係ない」


 もうこれ以上誰にもだまされたくない。


「ユイカさん……」

「絶対に、誰にも渡さないって約束をしたから」


 絶対に裏切らない。こんな状況であっても。


「……わかりました。取り敢えず車に乗りましょう? ね?」

「嫌。あんたの顔なんて見たくない」


 天才ハッカーのクセに、人気俳優のあざなを欲しいままにしちゃっているし。やっぱり臼井って胡散臭いし、こいつもコウヘイさんかもしれないしっ。


「心配せんでもよい。わしが皆に美酒と見せかけた解毒剤をしっかりと飲ませておいたからの」


 そうかぁ。さすがは東原様。行動に移すのが早いなぁ。


「本家である陰陽師とは遠からずの仲じゃからな。今回は特別よく効く御札を多数もらっておいたのでな」


 ほいっと言って飛び上がると、東原様はとても身軽にあたしと臼井の額に金箔を施した御札を貼ってしまう。御札はすぐに見えなくなったけれど、守られてる感じがする。


「これさえつけておれば、悪者にはならんさ。それなのに、何故女将はこれをつけなんだか? わからんのう」


 そんな話をしながら、大丈夫じゃよ、と東原様に背中を押されるように、ワゴン車へと乗り込んだ。


「先程まではな、そこなる青年とすべてがおなじ容姿でもってな。やりたい放題しよったわ」


 臼井ー!! あんた、簡単に乗り移らせたの?


「待ってください、ユイカさん、おれは一度だって誰かに体を乗り移らせたりはしていないです」


 はわはわとあわてて誤解を解こうとする臼井だけど、じゃあ、どうやって?


「知っておるじゃろうが、たぬきはなににでも化けられる。その極意を旅館の者たちから探りを入れて、他の者にも化けられるようになった。なによりもあやつは女性を口説くのだけは得意らしい。それで、アカリをたらしこんだり、化けたりしてな。従業員に至るまで少しずつ洗脳していったのじゃ。あとは人間の黒い感情を集めて、笠原殿を惑わしておるのじゃ」


 洗脳? あたしの時とは違うの?


「あやつめは誰かの体を借り受けることはできんのじゃ。誰かの見本を形成して、少しだけオリジナルより洗練された姿にしてしまう。笠原殿がひっかけられたとしても、無理はなかったのじゃ」


 それは、なんとなくわかっていたけど。それと、学校を破壊したのとは、どこで繋がっているのかな? あの時、もっと簡単にソレを見つけることができていたら、そう思うとまた涙が溢れてくる。


「東原様。あたしの命じゃ足りないですか?」


 もちろん、学校のみんなのことを助けたい思いでたずねたけれど、それはいかん、と扇子で頭頂部を叩かれたのだった。


 つづく






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