第45話

 アスファルトに直接腰かけて、膝を抱えて泣き笑いを繰り返すあたしの頭を、ポンポンと東原様が小さな手でなでてくれた。なぜだか少し、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。


「ありがとうございます、東原様。でも、本当にこれでよかったのでしょうか? あたしのせいで、学校をあのままにしてしまうかもしれないなんて」

「笠原さんや。不思議に思わんかね? なぜコウヘイはノゾ様を見ることができるのに、ノゾ様からは黒ケバが見えないのか」


 ひくっ、とまたこぼれる涙をハンカチで拭う。


「ノゾ様があやつにかけた呪いと同時に、コウヘイもノゾ様に呪いをかけたというわけじゃ。我々の御札を不正に入手してまで、な。普通の人間には、電子の思考なんぞわからんであたり前さ。人間があやつらに知能と感情を取り込ませた結果、あやつらは人間には理解できないものと化した。それだからわしは、あやつのことを宇宙人と例えたのじゃ。争い、混乱、破壊と破滅。そんなことは、決して許してはならんのじゃ」


 わからなくてあたり前。そうなんだけど。


「笠原さんや。そなたの言葉通り、わしとアカリなら、見ることこそできんが、あやつの気配だけは感じ取る事ができる」


 だから、あたしはもういらないんでしょ?


 そんなことより……。


「あの学校と、生徒や教師、巻き込まれてしまったすべてのもの」


 東原様に切り出されて、あたしは唸るように声を出して泣いた。もう笑うことなんてできないよ。


「コウヘイでなくとも、それくらいのことならわしとアカリにもできるんじゃよ。確か、電磁回転の逆流とか言っておったな。もちろん、葬儀会社のお嬢さんに対するいじめもない、ただし、お嬢さんをそこまで追い詰めて、行動までさせてしまったあの少年だけには、罰を与えなければならない」


 ……罰? どうして?


「あれだけの騒ぎを起こした当事者の誰かが罪を追わなければ、元通りにすることはできん。それは、うちの宗派だけかもしれんが。どういたす? そなたには、選ぶ権利がある」


 だったら、コウヘイさんが全部の罪をかぶればいい。コウヘイさんなんていなくなればいいんだ。


「笠原さんや。黒い感情に取り込まれるのはやめておけ。そなたには笑顔の方がよく似合う」


 あの子たちをみんな救いたいだなんて、都合が良すぎるよね。わかってる。あたしはこれから最高におバカな提案をするんだから。


「東原様。あの少年の罪をあたしが全部かぶることはできますか?」


 やはりな、と東原様は俯いた。


「笠原さんなら、そう言うと思っておったよ。だが、それをすれば、そなたは生身の人間じゃ。わしのように体が小さくなるだけならいい方。そなたが罪をかぶることで、そなたの命が消えてしまうぞ?」


 それでもいいや。


 子供の頃からなにもなかった。


 欲しかったのは、普通の家庭。それすら手に入れられなかったあたしなんて、誰も必要としていないのだから。


「それは、おれが困ります」


 ぜえ、はぁと、荒い呼吸を繰り返す臼井に、体が固まる。


 臼井の側には、東原様たちのワゴン車がある。あたし、どうして気が付かなかったんだろう? 車の音も、臼井のことさえも。


「さぁ、もう少しだけあの旅館にお世話になりましょう。こんな場所にいたら、体が冷えてしまう」


 臼井から差し伸べられた手を、本能的に叩く。これもまた、コウヘイの差し金かもしれないから。


 それと、今は男の人が怖い。


 つづく

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