第43話
喪失感に苛まれながら、すぽんと音がして、さっきまでそこに存在していたはずの旅館は、綺麗さっぱりなくなっていた。
車もほとんど走っていない場所。舗装された道じゃなく、とんでもない砂利道。高台から様子をうかがっても、家はほとんど見当たらない。
そしてこれが一番最悪なことに、スマホの電波が入らない。
(あーあ。少しだけここで休んでいようかな)
外灯のほぼ真下のガードレールに座りかけて、そういえば、とマチ子さんから預かっていたポーチを取り出してみる。
この中に、秘密があるのかな? ちょっと怖くなって、左右を見回したけれど、誰の気配も感じない。
これじゃ、電車も走ってないよね? 駅もどこだかわからないし。
ハチワレ猫さんのポーチ、あたしも同じのを作ったんだけど、三毛猫になってた。
苦心して付けたジッパーをゆっくりと開けてゆく。
「スマホだけ?」
声に出してしまってから、これは秘密のことなんだということを思い出して、慌てて黙る。ノートの切れ端には、慌てて書いた言葉が添えられている。
【ユイカさんへ、録音を聞いてください。それと、皆さんのことや、わたしのことをあまり信用しないで。あなたのこと、ずっと応援しています】
ポーチの中には、ワイヤレスイヤホンも入っていて、それを耳に付けて、スマホの録音ボタンを再生してみた。
【……だ。……あ……】
うわ、ノイズが酷すぎて思わず停止ボタンを押してしまった。なにを言っているのかわからない。これを聞かないことには、マチ子さんがどうして敵側に回ったのかもわからないままだし。けれど、とりあえず今はそれを聞くことを諦めて、ポーチの中に全部をしまう。
カバンの中に、しっかりとしまい込んだ。これが切り札なのかな?
なんか。なんなんだろうな。ノゾ様って。最初はあんなに歓迎されて、あたしにしか乗り移れないとまで言っていたクセに、アカリさんにならホイホイ乗り移れちゃうなんて。
じゃあ、やっぱりあたしなんていらなかったんじゃん。
だから信用するなって、自分に言い聞かせてここまで生きてきたのに。
情けなさすぎて、涙も出ない。
そこに突然、割って入るような轟音が響いてきた。まるで、古い映画かなにかのように、銀色のボディはきらめいて、あたしの前で急停止する。
「ここで待っていても、またおかしなやからに連れ去られてしまいますよ?」
「……臼井? 違う、誰?」
車から降りてきたのは臼井の姿を模した誰かだった。
(あ……薔薇の香り)
「コウヘイさん?」
「仰るとおりで。どうぞお乗りください。迎えもよこさず、こんなところで風邪を引かせてしまうことすら想像できない彼らのことは一旦忘れて、温かい車の中へどうぞ」
それがたとえ罠だとしても。あたしは、コウヘイさんを信じること以外に考えつけることがなかった。
車の中は暖かくて、薔薇の香りに満ち溢れている。なにより、遠慮がちに流れているピアノ演奏に、心が癒やされる。
もう、どうなってもいいや。
つづく
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