第42話

 なにもできず、誰も助けることのできないまま、あたしたちはワープして、旅館に戻った。


「もういいよ。疲れたでしょ? ユイカ」


 ノゾ様が目をつぶると、現実世界に戻ることができた。


 旅館の中なのに、ピンヒールを履いていたアカリさんがつかつかと歩み寄り、あたしの頬をぶった。


 あたしも、アカリさんをぶった。


「なんで途中であきらめたの? アレはあなたにしか見えないはずでしょう!?」


 よく考えてもしょうがない。


「あたし、帰る。ここにはもう居られない。だって、マチ子さんも居なくなっちゃったし、女陰陽師にでもなんとかしてもらえば?」


 もう一度、アカリさんにぶたれた。


 あたしももう一度ぶち返す。


「アカリさんだって、東原様だって、アレの気配ぐらいわかってるんでしょう? だったらもうあたしいらないじゃん。自分たちでなんとかしてよ。あたしを巻き込まないでっ!!」


 荷物をまとめ終わる頃、臼井がランチトートを渡してきた。


「お腹すいたでしょう? 捨ててもいいから、持って行ってください。それと――」


 臼井は片膝を廊下につけて、ベルベットの小さな箱を開けて指輪を取り出した。


「本当は婚約指輪のつもりだったんですが、なんかいつもタイミング悪くて。箱とレシートも上げますから、返品してくれてもかまいません」


 そう言うと、臼井はランチトートの中に指輪をしまった。


 一瞬しか見てなかったけど、アクアブルーの石のついた繊細で綺麗な指輪だった。とてもあたしには似合わない。


「あ、名前とか彫ってないんで、そのまま返品してください。お手数をおかけします」


 つまりはこれが、手切れ金の代わりなんだね。


 一度、床に視線を下ろしたあたしは、臼井に聞こえるかどうかの小さな声で囁いた。


「あの子、なんで死神なんて言われたんだろう?」

「これは、ノゾ様が教えてくれたのですが、あの子の実家、葬儀会社なんだそうです。あの男の子も実はおさげの子が好きで。でも、告白できないから、あんなことに」

「そ。おさげの子、結構残酷だよね。あの男の子、みんなのために自分だけ死のうとしていたのに、結局みんなを巻き込んじゃって。自分まで傷つけた」


 それはどうかな? と言って、臼井はさみしげに微笑んだ。


「ねぇ、本当にあなた、あのコマーシャルが好きだったの?」


 臼井の手が、びくりと震えるのをとらえた。


「あっははっ。ユイカさんには勝てないや。そう、あなたを巻き込むために、いろんなデータベースで調べたんです。あなたの主演映画なんて知りませんし、言ってしまえばあなたのことなんか、最初から興味がなかった」


 さよなら、と短く言って、靴を履く。スリッパをきっちり整えたところで女将さんが呼び止める。


「このたびは不快な思いをさせてしまいまして、まことにあいすいませんでした。お詫びと言ったらなんですが、せめて駅までお送りさせていただけないでしょうか?」


 駅、か。どの辺なんだろう? そもそもあたし、ここに来る道さえも知らない。


「適当に歩いて帰ります。さよなら」


 自動ドアをくぐったあたしは振り返りもせず。だから、従業員が全員横一列に並んでアッカンベーをしていたことに、気づかないとでも思ったのだろうか。


 ちゃんと自動ドアのガラスに映ってるからなっ。


 つづく


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