第41話

 それに気づいたノゾ様が、素手で弓矢を握りつぶす。


「ユイカ、コウヘイたちはどこ?」


 なぜだか全然気配がない。自分がどこにいるのかさえもわからなくなって、めまいがしてくる。そうだあたし、ノゾ様のために命を預けていて。だから体も重いし、コウヘイさんすらわからない。


『さぁ、わたしの大切な乙女。その正義の弓矢で皆さんに天誅をかましてあげなさい。あなたはなにも悪くない。悪いのは、あなたを執拗にいじめつづけたこのクラスの皆さんなのですから』


 生徒たちの目にも、マチ子さんの姿が見えるようになったらしく、さっきまで泣きわめいていたおさげの女の子の目が赤く染まり、不気味な輝きを見せる。


「ユイカ!! 早くっ!!」


 わかってる。ちゃんと探しているのに見つからない。だいたいあたし、コウスケさんの姿なんて知らないんだよ。はじめの頃のような黒くてボアボアしたものではなくなってしまった場合、なにを根拠に探せばいいの?


 ……こんなの、こんなの、アカリさんがやればいいのにっ!!


 あたしじゃなくても乗り移れるんでしょ? 


 だったらもういい。あたし、これまでのことを一切合切忘れてしまうから、もうあなたたちと関わりたくない。


 だってあたし、普通の人間だよ? 陰陽師みたいな術なんて使えるわけないじゃん。


 なんなんだよっ。


「ユイカ。絶望するのはまだ早いだろ?」


 ふいに、優しげな言葉であたしを指先で突かれた。


『なにカッコつけてるのよ? 臼井がやればいいじゃん。あんた、天才ハッカーなんでしょ? だったら、なんでもできるじゃんっ』


 わかってる。この場所から離れたい。責任なんて取れない。言い逃れしようとしている。


『だいたいあたし、前からあんたのこと胡散臭いと思っていたんだよね。葬儀場のコマーシャルだって、あんなの覚えてる人なんていないよ、普通。パソコンとかでなんかのデータベースにアクセスでもしない限り、無理だって。あたしの初主演映画も知らないクセに、偉そうにしないでよっ!!』

「ユイカ、心を鎮めて」


 ムリ!! 声の限界まで叫んだ。


 なんだよ、もう。どうしてマチ子さんが敵にまわるの? あたし、マチ子さんを傷つけたくない。だったら臼井を傷つけた方がマシだと思ってる。


 もう、限界!!


 パリンと音がして、教室の窓ガラスがすべて割れてしまう。


 おさげの子をいじめつづけていた連中は、教室から出ることすらできないとわかり、初めて奇声をあげて叫びだす。それぞれが、それぞれの方法で。少女にペンケースを投げる子もいたけれど、結界に阻まれるだけだ。


「んだよ。女だからって容赦しないからな。この死神がっ」


 ボスザルは、窓枠に張り付いているガラスにシャツを巻いて、おさげの子に向ける。


『さぁ。世界はすべて、あなたのモノ。手に入れましょう? 躊躇いなんて必要ないわ』

「あたしは、あたしはー!!!」


 グラグラと校舎が揺れる。立っているのもままならない状態で、おさげの子が叫んだ。


「みんな死んじゃえー!!!」


 地の底からボコボコと校舎が貫かれてゆく。何人かの生徒は窓から飛び降りようとしたが、それもできない。


 さすがのボスザルも、怯えて手元のガラス片を自分の首にあてた。


「……死神なんて言って悪かった。全部おれのせいだよな? だったら、責任取らないと」


 ボスザルがガラス片を横に引こうとした瞬間、教室が、いや校舎が崩れ始める。


 そして、あたしは見た。


 ボスザルの、本当の気持ちを。


『アレだ!!』


 もう手遅れかもしれなかったけれど、かすかに黒い煤状のものがボスザルの頭に乗っているのが見えた。


「よくやった」


 ノゾ様が少年の動きを止めたけれど、崩れ落ちる床のせいでどうすることもできない。


『よし、ついにおれが勝ったな』


 その声が、コウヘイさんのものだとわかった時にはすでに手遅れで。力なく崩れてゆく校舎。悲鳴と、怒声と、悲しみと。


 誰か、あの子を救えなかったのだろうか?


 今さら後悔しても手遅れだ。


 あたしがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに。


 ふいに、マチ子さんのことが心配になったけれど、宙に浮いたまま、おさげの子を抱きしめていた彼女が、脈絡もなく手を離す。


『ありがとう。あなたのお陰で楽しめたわ』

「キャー」


 この中の誰かの端末が、【呪いは達成されました。おめでとうございます】と、映し出し、そして端末ごと火花を上げて燃え散ってしまった。


 こんなことをしても、意味がないのに。


 校舎の跡形も最初からなかったかのように、なにもなくなってしまった。


 目を見張っていたあたしは、端末の中で叫び続けた。


 つづく


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