閑話休題 ①
度重なる戦いに、ノゾ様に体を乗り移られてしまったり、寝不足だったりしたせいか、ユイカさんはすっかり熱を出して寝込んでしまいました。わたくしがついていながら、そんなことにも気づかなかったなんて。ごめんなさいね、ユイカさん。
時間的にも病院は閉まっているとこのとで、無理を承知でお医者様を呼んでくださることになりました。ユイカさんは女子部屋の真ん中に布団を引いてもらって、横になっております。
ああ、長年こうしてユイカさんのマネージャーをしているのにも関わらず、緊張がつづくと頭痛を起こすことを忘れていたなんて。
これからはもっと、慎重にお世話しなくてはなりません。
心地いい呼吸音と、ユイカさんの整ったお顔立ちについ見惚れてしまいます。
笠原 ユイカさん。無口だけれど、強い視線で芯がブレない。
運命的に出会った当初、わたくしもユイカさんも子役でした。上手く笑えないとか、周りの誰からもかまってもらえないなど、不遇な境遇でありながら、お芝居以外で決して涙を流したことのなかったユイカさん。
一方のわたくしはと言えば、本来死んでしまうはずだった体を使わせてもらい、その頃にはすでに高校生の姿。
もう子役とは言えないお年頃で、仲間と控室で、これからも役者をつづけるか否かの相談に明け暮れておりました。
その日はドラマの撮影で、ユイカさんはバイオリンを弾く不気味な少女の亡霊役として、ゲスト出演になっていました。ただ、わたくしはまだこの時のユイカさんがどれだけ素晴らしい役者なのかをまったく知りませんでした。記憶が完全に戻っていなかったことも一因しております。
「だいたいあの子、笠原? ユイカ? あいつ生意気なんだよ。ぽっと出の子役のクセにさ」
それこそもっと小さい頃から、全国チェーン店の葬儀会社のコマーシャルが何年もおなじように流れているのを嫉妬する者も少なくありません。コマーシャルに出演する以上、常にクリーンでいなければなりません。ユイカさんが何年もおなじコマーシャルで使われているのも納得できます。
さて。この中ではメスゴリラ的な存在の彼女もまた、口の悪さで敵も多い。けれど、そんな彼女も親戚のコネでぽっと出の子役だったはずです。
みんな平等に年を取るものです。
そこに、運悪く楽屋のドアがノックされました。
みんなはいっせいに黙り込み、あいさつに来たのであろうユイカさんを無視する方向で話が決まったのです。
なんて可哀想な子。
まだ小さいのに、ユイカさんを孤独に追いやるために、わたくしたちは勝手に楽屋を変えてしまったのです。あまり使われていないのか、埃っぽい楽屋を気味悪く感じたのはわたくしだけだったのでしょうか。
ユイカさんが笑えない分、母親がプロデューサーたちに媚を売っている、という噂話は、有名です。ならばそれも本当のことなのでしょう。
しばらくの沈黙の後、子供の足音が去っていって、またみんなしてザマーミロだとか、よく知りもしない年下の女の子を口汚くののしって気分が悪くなってきます。あなたたちの方がずっと、精神年齢が子供のクセに。なんて言うこともできないわたくしは、彼女たちを責めることもできません。
この業界でもう少し頑張るためには、メスゴリラの言葉を否定しないように。そんな暗黙の了解があります。それほどコネは幅を利かせていたのでしょう。
運命の分かれ道。我慢して役者として端役のまま生き続けるか、あるいは何回生まれ変わって巡りあっても、わたくしを探してくれる内藤くんを待つために、花嫁修業をするべきか。
答えは決まっております。わたくしは内藤くんを待ちたい。
でも、その決断を誰かに話してしまえば、あっという間にわたくしの功績もなにもかもが静かに消えさられてしまう。
少しして、メスゴリラがタバコをふかし始めました。
嫌だな。ここにいるみんなに、脂臭さが移ってしまう。メスゴリラだけがタバコを吸っているのに、まるで全員がタバコを飲んだように思われてしまう。
もう、本当に今日終わったらこんな仕事は辞めてしまおう。契約更新もしない。
そう決意した時でした。
ドアがまた、さっきとおなじようにノックされたのです。
またみんなで黙り込み、いじわるをするつもりなのでしょう。
ですが今度は、なにかを引きずっている音がして、ドアの前でとまりました。
「え? なに? 復讐とか? あーしらなーんもしてないのに?」
ピーッと電子音が頭に響きました。それは、タバコに反応した火災報知器です。
「え? 火事? それともあのガキ?」
メスゴリラは血相を変えてどうしよう、と話し合います。今頃焦っても、もう遅いのです。
やがて、しびれを切らせたわたくしが、ドアに向かいました。ドアの隙間からはすでに煙が入ってきているからです。
それなのに、何回押しても引いてもドアは開きません。
「ちょ、早く開けろよ」
メスゴリラがドアノブを引っ張ると、ドアノブはなんの抵抗もせずに引っこ抜けてしまいました。
ドアはまだ閉まったままです。
つづく
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