閑話休題 ②
こんなことになってから、はじめて恐怖を感じる少女たち。
そんな中で、わたくしは一人でくすくすと笑っていました。悪いことをすれば、その分だけバチが当たるものです。
そのうちに、メスゴリラのタバコの煙に控室の火災報知器が感知して、こもった高音のブザーと、水が降ってきました。
「あっははっ」
ずいぶんと面白いいたずらをする子供だな、と思うと笑いが止まりませんでした。いい度胸してると褒めてあげたいくらいに。
そのうちの誰かがパニックになって、ドアを叩きつけます。
「開けて!! まだ死にたくないよっ」
一人がわめけば、わたくし以外のみんながドアに殺到するありさま。ああ、ここはまるで動物園の裏側のようです。表では可愛くても、裏に回れば本能むき出し。
「ねぇ、開けてよぉ」
「こんなことして、ただですむと思うなよ」
「お母様に言いつけてやるんだから」
やがて、あんなに頑固に開かなかったドアが、やけにあっさりと開いて、みんなはずぶ濡れの状態で廊下に転がり出ました。
その姿をスタッフのみんなが笑っております。
「なんなのよ、もう!!」
外側のドアノブには、宣材写真の裏側に、笠原 ユイカと申します。本日はよろしくお願いいたします、と書いたものが貼ってありました。
わたくしはそれがとても気に入って、まだみんなに気づかれないうちに、スカートのポケットにしまい込んだのです。
からかうつもりが、盛大にからかわれた。こんなこともあるのですね。
「くっそ。あのガキ!!」
メスゴリラが立ち上がる前に、ここのスタジオのスタッフの全員が呼び出されました。
この日は消防訓練の一旦で、火災報知器がきちんと鳴るかどうか、煙に対してきちんと水が出るかどうかの検査があったらしいのです。
ところが、スタッフの手違いで、その情報が行き渡っておらず、まことにすみませんでした。と頭を下げられてしまった。濡れネズミ、いや濡れゴリラになった彼女は、それでも納得しません。自己愛の強さで破滅するタイプでしょうね。
「じゃ、ドアノブは? なんで開かなかったの?」
メスゴリラはスタッフの責任でも許さん、とばかりに睨みつけます。
「だからごめんって。まさかきみたちがあの控室を使うとは聞いてなかったし、誰かタバコ吸ったんでしょ? 空き部屋の検査だったのに」
ドアノブは!? とメスゴリラがしつこく問いただせば。
「子供の前であんまり口にしたくないんだけど、実はあの部屋、ヤリ部屋とも呼ばれていてね。行為中に誰も入って来ないように、ドアになにかをしかけた奴がいてさ。それからあの部屋には近づけないようにしてたのに、勝手に入っちゃうから」
「だって、あんなクソガキとおなじ楽屋なんて冗談じゃない!!」
そう、はじめから素直にみんなでユイカさんと楽屋にいたら、こんなに大騒ぎにはならなかったのに、とまでボヤかれてしまったのです。
「笠原さん、まだ小さいけど一生懸命きみたちのことを知らせようと、一人で助けを求めて走り回っていたんだよ?」
「そんなの嘘に決まってる!! くっそ。ゴマすりのクソガキが。あたし、もう帰る」
メスゴリラだけは、新しいお召し物に着替えさせてもらって、この日の収録には本当に参加しませんでした。
そのせいもあってか、タバコの件なのか、メスゴリラは芸能界から永久追放されてしまいました。
その一件があり、わたくしはユイカさんに恩を感じているのです。だから、今度はわたくしがユイカさんを守る番だと、心に誓ったはずなのに。
こんなことになるなんて、因果なものですね。
つづく
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