第37話

 アカリさんは、口についた生クリームを指ですくってなめとった。


 そんな艶めかしいしぐさもよく似合っている。


 あたし、アカリさんに勝てる気がしない。


『そうだな。これからもっと強い連中と戦うことになれば、きみたちの除霊は動きを止める程度にしかならないだろう。だったら今、ここで試してみてもいい?』

「かまわないけど。どうすればいい?」


 やめて、という言葉が喉から出かかっている。ノゾ様を、あたしの居場所を取らないで。今にもそう叫びだしそうだ。


(だからだよ。誰のことも信じられないのは。みんな簡単に裏切るから)


 絶望にとらわれたあたしの手に、臼井がスタンガンを握らせた。臼井のクセに、気がきくじゃん。


「えいっ!」


 やけっぱちな気持ちでスタンガンをアカリさんに向ける。食堂に招かれる前から、すでに浴衣姿のアカリさんは、あっさりとテーブルに突っ伏してしまった。


 え? これまた強度いじってある?


『あ〜、痛かった。ユイカも隅に置けないわね。こんな乱暴なことするなんて』


 タブレット端末の中には、アカリさんがいて、ゆっくりと頭を持ち上げた顔もアカリさんだった。


「おお、これはいいっ!! きみはよっぽど強い力を持っているのだね。君の姿のまま、戦うことができる。しかし、ピンヒールとかブランドの服とかはいただけないな。すぐに破いてしまいそうだ」

『別に破いても壊してもいいわよ。あたしのお金じゃないし』


 その瞬間までずっと気配を消していた東原さんの内縁のパートナー及び運転手さんのことを忘れていた。


「お嬢様は国家機密も知っていらっしゃいますからね」

「なんだ、それは都合がいいな」


 笑う。笑う。みんなが笑う。


 記憶がさかのぼる。笑えないあたし。みじめなあたし。味方はいない。好意を持てない人間に媚びを売れるほど、あたしは優しくない。


 そんな風に笑えないあたしをいつもお母さんがフォローしてくれたけれど、お母さんにもちゃんと裏の顔があって、あたしを罵倒する。あなたはどうして笑うことすらできないのよ。みんなとおなじようにすればいいの。仕事さえもらえればいいんだから。なんのためにあなたを産んだと思っているの? 


【子供はお金になるからよ】


 冷たい言葉が、あたしの体に蔓を這うようにはびこってゆく。


 そしてあたしは、もう子供ですらない。


 あたし、あたし、は――。


 ふいに、臼井があたしの手からスタンガンを取り上げて、内藤さんに渡した。


「すんません。おれたちも一応恋人同士ですので、少し席を外してもいいですか? 少しは甘い雰囲気に慣れなきゃならないものですから」


 どうぞ、どうぞとのみんなの声で我に返る。臼井が、気を遣ってくれた?


 臼井なのに?


 信じられない思いで彼を見上げると、スタンガンを握っていた形のまま固まっていた手を取られる。


「行きましょう。ユイカさんに贈り物があるんです」


 頭の中が、なにかでぐにゃりと曲がったみたいに頭痛がおきた。


 ああ、またか。


 あたしはいつも、少しでもしあわせになろうとすると、自分に怒られる。まるで、あたしが笑ってはいけないんだという呪いのように。


 つづく

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