第36話
「うまぁ〜」
一見して、ほっぺが落ちそうなほど美味しそうなチョコレートブラウニー。内藤さんの力作を、アカリさんが褒めたたえる。初対面の美女に褒められたことで、珍しく相好を崩す内藤さん。いつもはしかめっ面だから、こういう顔もするんだなって感心する。
あたしだって、このチョコレートブラウニーはたまらないもの。あー、もしかして、ブランデーとかも入っているのかしら?
シンプルな上にコレ以上ないほどのおいしさ。さすが臼井おすすめの料理長だ。
そして、テーブルの上では手のひらサイズの東原さんがクールに地酒に舌鼓を打っている。
「とりあえず、食べながら話しましょう。あの方って、誰? あなたたちは何者なの?」
そこで、あたしに乗り換えることを控えているノゾ様が端末の中で胸を反らせる。
『元を正せば人間対電子の戦いから始まっているの』
どうしてノゾ様はあたしに乗り移らないのだろう? そんな不思議な気持ちになる。
まだなにか、アカリさんたちを完全に信用しきれていない?
『ぼくたちは、この国のスパー・コンピュータの中に逃げ込んで助かったものの、うっかりスパー・コンピュータに鍵をかけられてしまって出られなくなっていたんだ』
ああ、はいはいと軽く相槌を打ちながら、アカリさんは先を勧める。
『そこで、当時天才ハッカーだった臼井が鍵を開けてくれた。ぼくたちは全員スパー・コンピュータから出る事ができたけれど、数人とはバラバラになってしまった。みんな、この国のすべての重要機密を持ったままで』
「ふぅ〜ん? スパー・コンピュータなんて、さっさとドリルで壊しちゃえばよかったのに」
『ぼくもそう思うよ。だけど、偉い人は、普通とは考え方が違うようでね、スパー・コンピュータに残されたデータにまだ未練があったのさ。それさえあれば、他の国への攻撃を、他国から仕掛けることすらできるから。そして、臼井とぼくは仲間になった。もちろん、お偉いさんを脅かして、最高のビップ待遇でもてなしてくれた。内藤とマチ子は、魂が抜けたばかりの体に乗り移り、この世の逢瀬をたのしんでいる』
そこまで楽しくないですけどね、とマチ子さんは囁いた。彼女なりの精一杯の反抗だ。
「ねぇ、どうして二人は死体に乗り移れたのに、あなただけ乗り移れないの?」
『それは、ぼくが抱えた情報量の多さに耐えきれる人間は、限られているからさ』
あ。ノゾ様はあたしを見ない。あたしに乗り移れることを知っているはずの東原さんも、黙って羊羹に齧りついていた。
その時、ふいにアカリさんの目がキラリと怪しく輝く。
「ふぅ〜ん? だったらさ、わたしに乗り移らない?」
え? けど、あたし以外の人に乗り移るのって、危ないんだよね?
『きみの体がドッカンしちゃってもいいの?』
そう、それ。
「わたしにはいろんな加護が与えられているから。そう簡単には死なないわよ」
その笑顔は甘くとろけるフォンダンショコラを改めて食べ始めたアカリさんの、本性のようにも感じられた。
あたし、アカリさんに嫉妬してる。ノゾ様はあたしを選んでくれたのに。きっと、アカリさんの方が長時間乗り移ることができるだろう。
そうしたらあたし、本当にいらなくなっちゃうのかな……。
つづく
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