第32話

 ノゾ様がタブレットから浮き出るような形でその愛らしい姿をアカリさんに見せつけた。


『多分そうなるだろうと思って、臼井のワゴン車はここに待たせてある』


 ノゾ様は、地図を出してアカリさんに見せた。


「へぇ〜? 喋るんだ? 可愛い」


 というよりも、ノゾ様がそこまでアカリさんに気を許したということは、アカリさんも、東原様も味方になってくれるのかなぁ?


「ああ、こんな時だけど、よかったら御札ケースいる? わたしがきちんと念入りに気持ち込めたから、割と効くんだ。ダイサクじいさんも、これと御札のお陰で命を取り留めたってとこかな?」

「く、くださいっ!! おいくらですか?」


 財布を探そうとして、スマホしか持ってこなかったことを後悔した。


「いいって。こういうのは消耗品だから、いちいちお金もらっていたら、国税局が喜ぶだけだし。はい」


 あたしとマチ子さんは、今にも拝みだしそうな勢いでスマホケースと御札をありがたくいただいた。


「あ。じゃあ、この御札は、アカリさんが作っているのですか?」

「うん。なんか女だからってことで、女陰陽師うんたらとかの肩書はもらえないし、あまりおおやけにしたくはないんだけど。国の偉い人たちの秘書がさ、御札をもらいに来るのよ。本当はあんたらが下卑してる女が御札作ってるのも知らずにさ。こんなの簡単に作れるし、よその御札より効果が高くて持続性あるしってことで、下手に騒がれるのもなんだし? 神社では、普通に巫女装束なんだ」


 だから、この話はしぃーだよ? と、麗しい唇に人差し指をくっつけ、ウィンクしてくれた。


「はい。でも、本当によかったです」


 あたしは御札ケースをスマホにはめながら、最後の涙を拭った。


「東原様が生きていてくれた。それだけで、嬉しくて」


 うっかりするとまた涙が出てしまいそうで、そんなあたしの肩をアカリさんがさすってくれる。不思議とあたしの中の黒いものが浄化されていくのがわかる。


「じいさん、あんなんだから敵が多くてさ。長い時間、色んな人生演じてさ。本当にくだらない正義感なんかで死なれたら、こっちも対処に困っちゃうんだよね」


 なぜだかマチ子さんがアカリさんを睨んでいる。過去になにかあったのかな?


「今は、ほんの少しだけ癒せたけど。今日はこれで限界。だってあなた、ユイカって呼んでいい?」


 はいっ、と答えると。


「臼井ってひょろと結婚を前提にお付き合いをしてるんでしょ? そりゃいろんな悪いものがたかりそうだし。お守り代わりにあげるんだよ。そだ。あなたたちカバン残して来ちゃったよね。これ、おフルで悪いけど、マチ子さんとユイカで好きなだけ持っていって」


 そこにはたくさんの有名ブランド品やら限定品、なんなら箱から出していない状態のものもある。えーと。実用的に使えるトートバッグとかリュックとかあるかな?


「うん? これなんかどう?」


 見せるな、焦るな、暴れるな。そこにおわすブランドは、中古では四万円ほど価値のあるミニリュックだった。


「あ、あのっ。片が付いたらきちんとお返ししますので――」

「だから、お礼にあげるんだから、もらっておきなさい」


 そうなるともう、頭を下げるしかなくて。


「それで? マチ子さんは?」


 あれ? マチ子さんがこんなに緊張してるのは初めて見た。


「わたくしは、常にトートバッグを離さないので、お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」

「ん? そ。ならいっか」


 マチ子さんにしては、言葉尻が強かった。本当に二人、なにがあったんだろう?


「それで。ついにここまで来たけどさ、車乗り換えたら、静かな部屋で話したいこと、聞きたいことがいっぱいあるからさ。とりあえず温泉旅館に行かない?」


 温泉……だとぅ!?


『ところで。アカリさんは、あのスタジオに悪いものがいて、おそらく長いこと住みついていたんだろうけど、それは解除できたのかな? それと、きみが追っていたというほかの悪いものも、どっちも解除できたのかな?』


 うん、それな。後で聞こうと思ってたんだよ。ほら、運転手とかにも話聞かれちゃうと思ったから。


「わたしが追いかけて追い詰めた悪いものは、わたしが嗅ぎつける前にじいさんがスタジオに来るたびにちょっとずつ吸い込んでてさ。その残りの悪いものも、解除? できたんじゃないかな? あたしも視える人じゃないから、ヤマカンだったし。うち的には後で除霊にあたるけど」

『それはそれは。きみはぼくをバカにしているのかい?』

「なぜそんなことを言う?」

『東原様と一緒に暮らしていた割には、今回かなりギリギリだったんじゃないかな?』


 うーん、それはねぇ。うちら好きなように別々の家で生活してるから、気づいたら破裂する寸前だったんだ。


 そう答えたアカリさんに対して、ノゾ様はふぅ〜ん、と興味がなさそうに答えていた。


「それに、じいさんは実家を嗅ぎつけられたくないから、うちにはあまり寄り付かないよ。それで、外に本物のマネージャーと一緒に暮らしてる。本当は違うのだけど、面倒くさいからって、今の運転手とはパートナーなのでそっとしておいてください、っていう言い訳を利用してたし。だから、なんとなく近づけなくて、気づくのが遅れたんだよね」


 けど、ここまで聞いておいて、尚もノゾ様は言葉を紡ぐ。


『そうやってうまくごまかせると思ったら大違いだよ。だって、あの男は確実にって言っていたよね? あの時は確かに、ぼくの台本に近いものがあったんだけど?』


 目からうろことはこのことかもしれない。たしかに、昨日のドラマで撮影した時、臼井演じるシロウも同じ台詞を言っていたんだった。


 つづく


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