第30話
あたしの脳内では、会見のための大広間が、マスコミでごった返して怒声が飛ぶような、そんなにぎやかなものになるはずだった。
東原様の急死に伴い、ほとんどのマスコミは東原様の自宅に駆けつけていることだろう。
だが、記者とカメラマンは全くいないわけじゃない。
あたしなんかのために集まってくれた方々のためにも、きちんと言葉を紡がなければ。
あたしが屏風の前で立ち止まり、すっ、と九十度のお辞儀をすると、いくつかのフラッシュにたかれる。
司会進行役のマチ子さんが、マスコミの方々へと、ほぼ同時にお辞儀をした。
「え、この度は、株式会社アース・ウォーターの新人、笠原ユイカのためにお集まりくださり、誠にありがとうございます。それでは、質問の前にお座りなさってください」
マチ子さんにここまでたくさんの顔があったなんて知らなかった。あたしが小学生の時、子役同士だからと言って、飴玉をくれたのを覚えている。子役同士なんて普通はとんでもなく生意気で、さんざんわがままを言ったり、というのが定番だけど、あの頃からマチ子さんは優しくて、思いやりがあって、お芝居もとても上手だったのに、突然お芝居を辞めて、あたしのマネージャーに志願してくれた。
おかあさんは、マチ子さんのお給料を何回もピンハネしておきながら、絶対現場に着いてくることは少なくなった。だからマチ子さんが、あたしとなるべく顔を合わせずにすませてくれていた。
家庭内のことまで甘えてしまって、反省しなくちゃいけないよね。
そしてまた、絶妙なタイミングでマチ子さんの声が響いた。
「それでは、ご質問のある方はいらっしゃいますでしょうか? 挙手でお願いします」
見回すほど人のいないホール。本当ならもっと明るくて幸せいっぱいの会場であるにも関わらず、申し訳ない。
が、マチ子さんの声を聞いたマスコミさん全員が手を上げてくれているではないかっ。
「そうですね、では、右端の方からお話を承ります」
「週刊サボリーノに所属しております、荒木と申します。はじめまして」
「はい、はじめまして」
慌ててはいけない。ゆっくり言葉を噛み砕き、それから考えればいいのだ。
「えと、これから慌ただしくなると思うので、手短に質問しますと、笠原さんはどうして東原さんの楽屋にいたのですか? その際、犯人はもうナイフを取り出していたのでしょうか?」
……臼井の話じゃない、か。そりゃそうだ、現場のことを見て知ってしまったあたしは、あとでみっちり参考人として呼ばれることになるだろう。
「ええと。まずは、なぜ楽屋に行ったのかと申しますと、わたしが子役の頃に、一度共演していたこともありましたので、ご挨拶に伺うべきだだろうとの判断で参りました。そして、楽屋近くの廊下にまで奇声が響いておりました。もしや東原様に良くないことが起こっているのではというほどの声量でしたので、すぐ楽屋の扉を開け放しました。その時点で刺されていたかどうかは、すみません。こちらも必死でしたので覚えていません」
パシャパシャとカメラがあたしを捉える。
次の質問者は女性だ。
「テレビホラ吹きの
必死に意識を手放さないよう、浅い呼吸を繰り返す。額から顎にかけて、汗が流れた。
「えー、今回は笠原のマネージャーであるわたくしの方からご説明させてもらいます」
どうぞ、と蕗さんがニヤニヤする。この会見、もしかしたら無駄だったかもしれない。
「ええと。わたくしどもが楽屋に挨拶に伺いますと、すでに発狂していた男が、わたくしたちを追いかけて来たので、犯人が握っていたと思われるバタフライナイフを手刀で叩き落してしまいました。せめて、もう少し早くたどり着いていたら、と思いますと、本当に申し訳ない気持ちで一杯です」
完璧だなぁ。マチ子さん。今から女優復帰してもかなりいけるのにな。
会場が急に慌ただしくなってくる。なまじあたしたちが第一発見者となってしまった為、東原家にいたマスコミのうちの半分が、ここになだれ込んで来たのだ。
「コブ付き新聞の
さっきまでよりずっとたくさんのマスコミが一斉にフラッシュをたく。
そうじゃない。だけど、今はなにを言ってもきっと、面白おかしく捏造するだろう。
キュッと下唇を噛んだ瞬間、会場のドアが華やかに開いて、東原 アカリさんがツカツカとヒールの足音をたてて近づいてきた。
どうしよう? あたし、殴られちゃうかなぁ?
つづく
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