第29話 [今回はすこし長めです]
目が覚めると、マチ子さんがあたしに化粧直しを施してくれているところだった。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「大丈夫。それより、マチ子さんは休まなくても平気なの?」
いや、あれだけの格闘があったのだから、平気なわけがない。なのに、マチ子さんは汗をかかない。ひょっとしてこの人たち全員、余所の星から来た宇宙人だったりして? さすがにそれは失礼すぎました。ごめんなさい。
「まったくなんともありませんよ? それに、ユイカさんにとってはじめての記者会見ですもの。ユイカさんを世間にアピールする大大大チャンスです」
いや、あの。一応あたし、子役からずっと芸能人のつもりでしたが。
けど。C級映画の主人公と、大手葬儀場のコマーシャルだけで、ちょっとだけ名前を覚えてもらえていると思っていたけど。やっぱりどこまでも厳しいよね。
しかも、配信のみのC級映画よりも、葬儀場のコマーシャルより認知度がある。これはだって、大手チェーン店で経営しているものだから、コマーシャルといえども全国放送が優勝だよね。
「ユイカさん、一応お断りしておきますけど、泣いてもかまいませんが、嬉しくて嬉しくて笑いがとまらないとかは絶対にいけませんからね」
「そうだよね。絶対に笑わないあたしが、おめでたい話の当人であるにも関わらず、辛気臭い顔してたら、そっちの方がウケるかな?」
二人して、隠れてニヨニヨしている。いや、そりゃあたしだって、たまにはニヨニヨすることもありますよ。だって俳優だもの。
そんなわけで、ノゾ様に指名された超高級ホテルまでたどり着くと、マスコミの皆様がすでにやんややんやの大騒ぎ。
しまいには警備員まで出て来ちゃったり。おのれ臼井のくせに。ここまでマスコミを動かす知名度があるだなんて、嫉妬してしまうではないさ。
「大変申し訳ございません。笠原は先程のスタジオで大変なことに巻き込まれておりますので、どうかご配慮お願い致します」
マチ子さんが声を張り上げると、それを待ちかまえていたように、マスコミも食いついてくる。
「それは東原さんを救助した件で間違いありませんね? 東原さんがADに刺されて死にそうになったという一報が、こちらにも入っていますから」
「それとは別に、臼井さんのことはどう思っていますか? まさに飛ぶ鳥を落とすような臼井さんですから、二股交際や浮気だとか、そういうことを気にしませんか?」
まずい。話のテンポが早すぎて、なにも答えられない。そしてようやく思い出した。あたし、コミュ障こじらせてるじゃん。子役のあたし、よく耐えきれたな。
「東原様の件でしたら、はい。恥ずかしながら、犯人逮捕に協力しました」
そう答えるので精一杯。でもまだ質問が投げられる。
「臼井さんは? お忙しくて、先程の臼井さんの交際宣言をまだ観ていないとは思いますが。臼井さんは、笠原さんにとって、どういった存在ですか?」
チッ。プライバシーがないな。
「臼井さんは、今のわたしにとって、とてもとても大切な存在です。あの。あたし、こういう会見ははじめてで、すごく恥ずかしいのです。なので、今回はこれくらいにしていただけませんか? 後ほど、きちんとした会見を行いますし、ファックスでも、詳細を送らせてもらいますので」
はい、マスコミの皆様はここまでです、とマチ子さんが声を上げるも、さっきなんかより、ずっとたくさんのフラッシュがたかれて目が眩みそうになる。
ねぇお母さん。あたし、こんなにたくさんのマスコミに写真を撮ってもらっているよ。
もう、あたしのこと嫌わないで。
あたしね、ただずっと、お父さんとお母さんとあたしの三人で、笑いながらご飯を食べたかっただけなのに。
劣等生のあたしがこんなに注目されているのに、あなたはどうしてクルージングなんかを選んだの? それも、あなたの本性なの?
何回も繰り返してきた希望と裏切り。実の母親だからこそ、一番に褒めてもらいたかった。どんな時も。
あたしは警備員さんとマチ子さんに守られて、もみくちゃにされながらホテルに入った。
すぐに受付の女性があたしたちを控室に案内してくれる。
「こちらで化粧直しやお召し替えください。必用なものがございましたら、すぐにお持ちいたします」
「ありがとうございます」
マチ子さんが用意していてくれた、清楚なスーツに着替えながら、臼井の会見を録画していたタブレットをちらちら見る。
すると、突然、背広姿のアナウンサーが語尾を強めてなにかを言っている。
あーあ。あたし、このアナウンサーさん、ちょっと枯れてていいなって思っていたのにな。
『続報です。え、本日午後三時に収録を終えた俳優の東原 ダイサクさんが楽屋で待ち構えていたADの男に刺されて死亡しました。男は以前から東原さんに敵意を持っていたということです。繰り返します』
……は?
なに? なんで? 深手を追ってはいたけれど、アカリさんが助けてくれたはずなのに。どうして?
マチ子さんはテレビを消した。それにならって、あたしもタブレットで東原様のことを調べてみたけど、明確な答えはなかった。
「大丈夫ですか? ユイカさん、とても顔色が悪いですよ。それにしても憎らしい言い方です。この流れですと、一方的にユイカさんと東原様がもめたように放送されていますし、せっかくの臼井さんの会見も、三十秒ほどしか流してもらえないでしょう」
おーまいがー。さすがにモブ感たれ流しの臼井だわ。そして東原様の傷がそこまで深かったのを知らなかった。だって、苦しそうにはしていたけれど、普通に会話ができていたから。
こんな場合なのに、あたしはなにを言えばいいのだろう? 世間の皆様は絶対にあたしの会見なんか見たくないだろうし、あたしも戦意喪失中。
気持ちがどんどん沈んでゆく。交際宣言は、また今度、ということで有耶無耶にして、婚約解消してもらうしかないだろう。
「そうだ、アカリさんに電話を――」
スマホを耳元につける前に、マチ子さんに止められてしまった。
「今は、辞めておいた方がいいでしょう。アカリさんの一言で、ユイカ様の未来が変わってしまいますから」
「うん。そうだよね。うん」
そうして、なんとかスーツに着替えることができた。が、着替える必要なんてなかったかもしれない。
つづく
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