第28話

「あとはお祓いね。あんたたちもそこに並んで。悪いものが憑いてたら一緒に払うから。端末の中の子もね」


 なるほど。彼女に嘘はつけないわけだ。そういえば、東原様もなんとなーくコウヘイさんが見えていたようなことを言っていたけれど、なんとしてでも東原様を助けたい。


 あたしたちはなるべく一列にならんで、まぁ一応ADも並ばせた。


 お孫さんはまず、高級バックの中から御幣ごへいと呼ばれる本格的な物を取り出すと、左右に音を立ててゆっくりと振る。


「穢れし者、すぐ出てけ!! わたしのじいさんに取り付くな!! あとうろちょろしすぎ!! わたしに捕まったからには逃げられないよ。完璧に清めてやる。来いっ」


 お孫さんが振りかざすと、まだこの部屋に残っていたらしい黒いボアが、あたしやマチ子さんからも飛び出して、一箇所に集まる。


「成敗っ」


 じゅっと音を立てて、黒いボアは影も形もなくなった。


「はい、終了ー。じいさん一回病院に行くよ。その体で無茶されたんじゃ、こっちが困るのよ」


 東原様は、ああ、と弱々しく返事をした。お孫さんは、すぐに自分のスマホで救急車を呼んだ。スマホが通じたということは、結界が解かれたのだろうか?


 驚いたのは、彼女のスマホケースだ。まるっきり御札とおなじ模様だった。けど、おかしいなぁ。その模様をあたし、どこかで見たことがあるみたい。遠い遠い昔に。


 いくつか聞きたいことがあるのだけれど、今日はもうこれで時間がパツパツなんだよね。


 わたわたするあたしに、お孫さんは名刺をくれた。


「後で電話して。話したいこと、わたしからもあるから」


 そう言って、お孫さん――東原 アカリさんは、東原様をお姫様抱っこして部屋から出て行った。


 途端に警備員が入り込んで、あたしたちに事情を聞くけど、本当のことは言えないしね。所々ぼやかしながら、ADは無事に警察に引き渡される手はずとなった。


 あたしもマチ子さんも、いつまでもここにいるわけにはいかず、というか、ここで警察に事情聴取でもされてしまったら、臼井の会見を受けてのあたしのコメントを出すことすらできなくなってしまう。せっかくここまでお膳立てしてもらったのだから、きちんと会見しなくちゃ。


 ということで、楽屋から少ない荷物を持ち上げて、スタジオを後にしたのだった。これだけの騒ぎを起こしてしまったのだから、今後このスタジオの番組に呼ばれることは二度とないだろう。


 ちなみに、アカリさんがくれた名刺にも、御札の模様が入っていた。再生紙のようなケバケバした黒い台紙に、金色の文字。なんだかなぁ。


『あの子、ぼくのことが見えてたね。スマホケースまで御札を貼ってあるから、彼女の端末には誰も入り込むことができないけど。もう一度会えたら、ユイカとマチ子も御札ケースを買わせてもらうといい。あれだけの力、この星でははじめて見た』


 ワゴン車に揺られながら、ノゾ様はくつくつと喉の奥で笑った。


『東原 アカリ。こっちの味方になってくれないかな? もし敵だったらやっつけちゃうんだけどね』


 ノゾ様怖いですって。


 これでコウヘイさんはしばらく出てこないといいな。


『今日の黒ボアは、コウヘイじゃなかった。多分彼に最も近しい仲間だろう。コウヘイは百面相が得意で、誰にでもなれるんだ』


 なるほど、百面相かぁ。あのお面被ったりするやつかな?


『そうして、今にも破裂しそうな黒い思考の者をインターネットで探し出し、与えられた力を使い果たすまで眠る事もできなくされる。これからはきっと、そういうのが増えると思うけど、ユイカはどうする?』


 どうする、かぁ。ノゾ様は表面上は強がってみせるけど、本心はきっと不安でたまらないだろう。なにしろ、今の所黒ボアがしっかり見えるのは、あたしだけだから。


「もちろん、協力するよ。約束したもん。でも、どうして?」


 ノゾ様は不思議そうに小首をかしげた。


『おそらく、これが普通の女の子だとしたら、もう辞めたいって言うだろうからさ』


 ノゾ様の言葉から、たくさんの裏切りを経験しているとほのめかしている。ノゾ様も、一人ぼっちだったのかな?


「今のあたしには帰る家もないし、仕事もない。だったら協力することしかできないもん」


 信じて、ノゾ様。あたしは、きっとずっとあなたを信じているよ。


 深く考えてもわからない。とにかく、目的地に着くまで、あたしは疲れすぎて眠ってしまっていた。


 つづく

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