第26話
本当に優しい人は、自らが悪役になって、周囲との連携を強めていく。あるいは自らを犠牲にしてでも、争いをやめさせることができる。
ノゾ様が端末機に戻ると、あたしは東原様が残してくれた御札を数枚見た。そのうちの数枚は焼けただれたように黒ずんでボロボロになっていた。
おそらくこれで、東原様は時間を稼いでくれたことになる。
それにしても、気がかりなのは、東原様のマネージャーさんだ。どんな人か知らないけど、ご高齢の東原様一人を楽屋に残して、一体どこにいるのやら。
まだぐじゅぐじゅと床に這いずり回っているADさんは、ここから逃げようとしているのだろうか?
呪いは解けたと思ったのに、完璧ではなかったのか?
あるいは、この男には攻撃が通用しなかったか?
恐る恐る東原様のスマホを覗き込もうとして、ノゾ様に強い口調でとがめられる。
『残念だけど、コウヘイの本体はどうやらこの男ではないようだ』
え? じゃあ、どうして? 黒いボアのマチ子さんの攻撃は確実に当たったはずなのに。
しかたなく、自分のスマホを見ると、やはり回線がなくなっている。
もう、東原様っ!!
あたしは、できる限りの誠意を持って、東原さんに救命措置を試みる。
お願い、帰ってきて!!
そんなあたしの頭を、ADさんが、乱暴につかみ上げた。
「無駄だよ? あの方の言った通りにしたら、本当におまえたちが来て、そのじいさんも死にかけている。やっぱりあの方はすごいんだっ!!」
出た、あの方。ドラマでは鍵になるはずの存在。
「あの方って、誰のことよ!?」
「へっへへぇーん。教えてやんねぇよ。どーする? このままだと、ジイさん死んじまうぜ?」
護身術程度ならなんとかなるのだけど、この男、なんかもう人間ではなく、人型をしたタコに成り下がっていた。
「ひぃ」
虫は大丈夫だけど、爬虫類は別。
しかも男は、あたしの頭を何回もテーブルに打ち付ける。おのれ、石頭じゃなかったら、額が割れてしまうところだぞっ!!
「このじいさんにマネージャーなんていねぇよ。なにしろこの性格の悪さ。身内じゃなきゃ到底勤められないね。あのおねーさんも強かったけど、じいさんを助けることはできないさ」
トクン、と心臓が高鳴る。
東原様は、お前ごときにそんなことをされるような言われはないっ!! 単なる親切心で様々なことを教えてくれたというのに、なんて仕打ちだ。
ブチ切れたあたしは、後頭部にはずみをつけて、ADだった男に頭突きを返した。
「ぐぁ。いってぇなぁ。この石頭がっ!!」
「悪いけど。自分のことは自分で守れるようにお稽古してるから。もう、あんたの好きにはさせないよ」
東原様が、あたしに託してくれた御札を握りしめた。
「天誅!!」
アホくさい男の額と急所に素早く御札を貼り付けた。
「なっ!? 動きを止められた、だとぉ!?」
その間に部屋の隅に隠すように置いてあった延長コードで男の体を縛ってゆく。
「ノゾ様、あたしになにができるか教えて」
『いいけど、ぶっ倒れるわよ?』
ノゾ様はあたしの脳裏にやけに鮮明な絵を写した。
その手があったか。
つづく
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