第25話

 東原様は、今や手負いになりかけているあたしが入ったタブレット端末を見ないようにして、マチ子さんから引き抜いた。


「そなたとは、子役の頃に共演したことがあったな。確か、笠原 ユイカ殿」


 え? 東原様、あたしのことを覚えているの!? っていうか、あたしがこの中にいるって、なんで知ってるの?


「そたなは笑わない人形とまでからかわれたりしたものだが、わしはそなたの才能を見抜いておったぞ」

「偏屈パワハラジジィ!! なんでおれのことを一度も褒めたことがないのに、子役あがりを褒めてるんだよぅ!? おれだって、必死んなってあんたのくだらない戯言に付き合ってやったじゃないか。何度も褒められたってお釣りが来るぐらいにはさぁ」


 ADさんの蹴りを軽くかわすマチ子さん。かっこいい!! じゃ、なくて。コウヘイさんはどこにっ!?


「先程は分裂したが、ほれ、そこのプラグがショートして固まっているのがある。おそらく、それではないか?」

『本当だ。ノゾ様!! そこにっ』

「ほいきた、てぇいやっ!!」


 ノゾ様は華奢な手のひらから光の束を沸き立たせて、プラグの奥に固まっている黒いボアボアしたコウヘイさんを右手と左手を使って、素手でつかんだ。あー、きっとノゾ様の手はビリビリしてるはずー。


「マチ子、頼む!!」

「オッケーでございます。シューッ!」


 マチ子さんは弓のようなものを構えると、これじゃ大きすぎるわね、と言って、先が尖った鉛筆でボアボアを刺し貫いていた。


 ADさんは頭を抱えて叫び出すと、そのまま失神してしまった。


 どうやら呪いが解除されたようだ。


「うむ。よくやってくれた。そなたらに差し上げるだけの物はなにもないが、この者に変わって心から礼を言う。ありがとうよ」

『あ、あの。東原様も、見える人なんですか?』


 あたしは、東原様になにもかも事情を察してくれているのだろうかと思い、迂闊にもそう口に出してしまう。


「いや、邪の気配だけを感じた。こんな商売をしておるからな。いつなにが起こるかわからんからな。それに、わしは昔から除霊用の御札を持ち歩いているのだよ。しかし……」


 東原様は、ソファで横にされたADさんの顔を見ると、苦しそうに顔を歪ませた。


「この者は将来見込みがあると踏んでいたものだから、知らぬ間に彼の自尊心を傷つけていたのかもしれん。悪いのはわしの方だな」

「東原様、そんなことないです」


 年の頃五歳程度のノゾ様は、寂しそうな東原様の手を握った。なんと大胆なことをするのだろう。ノゾ様、恐るべし。


「生きてゆく、というのは他人とは別に、自分との戦いの方が圧倒的に多いのです。それを彼に最初から教えてあげていたら、あるいは違う結果があったのかもしれません」


 今回あたし、いいとこなしだよぉ。そっか。確かに生きている以上は、自分との戦いが続いてゆく。負けてもいい。でも、できるのならば勝ちたい。


『あの。この除霊の御札はどちらで手に入れたのですか?』

「それはな――、がはぁっ」


 大変!! 急に東原様が苦しそうにうめいたかと思うと、次の瞬間には吐血していた。


「東原様っ? 大丈夫ですか!?」

「す、すまんがマネージャーを呼んで来てくれないか?」

「病院への連絡が先です!!」


 マチ子さんはマネージャーを探しに廊下に飛び出し、ノゾ様は必死に救急車を呼ぼうとした。だが。


「繋がらない!? さっきの衝撃で相当な電力を使ったから停電なのか」

「いや、いい。それよりそなたらにこの御札を預けておこう。詳しいことは、マネージャーに聞くといい」


 そう言うと、力なく倒れてしまった東原様の腹を、ナイフで突く者がいた。


 さっきのADさん? でも、呪いは解除したはずでは?


「とろいことやってっからだよ。おれはなぁ、おれのすべての命を道連れに、このじいさんに謝ることを教えてやるんだ!!」

「バカァ!」


 ノゾ様は、驚くほどの跳躍力でADさんの顔面を蹴りつけた。


「勘違いしないでくれる? 東原様を傷つけたのは、さっきのプラグがショートしてくれたお陰で、体の中に邪を取り込み、飲み込んだの。ぼくたちを守るために」

『あんた、この業界向いてないのかもね?』


 そんなことは、自分でわかっているはずだと思い、つい強い口調で返してしまった。


 もし、もしもあたしに力があったなら、こんなことにならずにすんだかもしれないのに。


 つづく


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