第22話

 ワゴン車は別のホテルの裏側の入り口で臼井を降ろした。


 車はそのまま走り出し、あたしはある疑問を口にする。


「ねぇマチ子さん。臼井って、マネージャーとかいないの?」

「いませんね。あの方は気難しいので、気を許すとすれば、年上の男性くらいですかね」


 ああ。それで料理長にやたら懐いていたんだ。


「……ゲイでは?」

「それもありません。わたくしたちが知り合ってから、彼のパソコンやタブレット、スマートフォンに至るまで壁紙はずっとユイカさんだけですから」


 それはそれで怖いな。まさか、本心を隠すためにあたしがダシにされてることもない、のだろうな。


 こんな複雑な気持ちでお笑いの収録とかありえない。けど、やるしかない。


 マチ子さんの後について、スタッフさんたちに挨拶してから楽屋に向かう廊下を歩く。念のため、大物芸人とかいるかもしれないから、楽屋の一つ一つを回って挨拶をする。


「ユイカちゃん、やるねぇ。臼井 ジロウの恋人なんだって? でもいいの? 事務所辞めちゃって。お母さんびっくりしてるんじゃない?」

「え、と?」


 忘れてた。今回のことはまるっきりお母さんに連絡してない。お芝居とはいえ、この時点でなんて答えたらいいのか分からず。


「お気遣い頂き、感謝致します。わたくしごときのプライベートでお騒がせしてすみませんでした」

「お。いいねぇ。ユイカちゃん今、すっごくいい目をしてるよ。恋する女性は美しい。じゃ、また後でね」


 会話終了。廊下を歩く。


「はぁ〜」


 あたしのため息に、マチ子さんが慌てる。


「どうなさいましたか? まさか、すでにお疲れでしょうか?」

「そうじゃないんだけど。お母さん、本当に今頃怒ってるんだろうね。あー、やだやだ。あの人のことだから、勝手にマスコミ集めて、あることないことないこと、喋るかもしれない」


 お母さんとあたしのぎこちない親子関係は、マチ子さんにも筒抜けだから、仕方ないなとまたため息をつく。


「そこいら辺も、任せてください。なんならお母様の記憶を創作することもできますし」

「怖いからそういうこと言わないで。そういうの、なんか嫌」


 肉親の記憶をいじられて、他人になりすますなんて汚いやり方なんてしたくない。でも、あのお母さんだからなぁ。


「そう言われると思いまして。お母様は今頃、豪華客船で海の上。世界を旅しながら、飲めや歌えの大騒ぎをしていることでしょう」

「え? まさか、マチ子さんがお金払ったの?」


 あんな人のために? 眉をひそめたあたしにかまわず、お母様の方でも、そういった条件ならばと納得してくださりまして、と上品に答えた。マチ子さんにお母さんのことを任せてしまった。あんな人なのに。


「マチ子さんダメですよ。あの人きっと、帰ってきたらまた金の無心をしに来るはずだよ?」

「それは……、この国がまだ存命でしたら、ね」


 そうして踵を返すと、あまり感情を表に出さず、いつも通り、皆さんへの挨拶をすませたのだった。


 これからは、マチ子さんに逆らうのは辞めておくことにした。


 つづく




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