第21話

 ノゾ様は、臼井のタブレットで行動することになった。あたしには凄腕のシューターと噂のマチ子さんがいる。それに、個々人の端末から端末まで、ノゾ様は自由に行き来できるのだ。


『それでどうする? ホテルから出るところをわざと二人で堂々と車に乗るかい?』


 いや、それはいくらなんでも図々しいのでは?


「それもいいっすよね。だって、ユイカさんたちはすでにうちの会社と契約したのですから、昨夜はその手続きでしたって言っておけば、そこそこ盛り上げて原稿を書いてくれるでしょうし」


 うん。なるほど。しかし、まさか自分が炎上商法の片棒をかつぐ日が来るとは、夢にも思っていなかったが。


「それでは、正面玄関に会社のワゴンを寄せてもらいます」


 マチ子さん。本当はとても有能だったんだ。今までほんわかしたお姉さんみたいに思っていて、ごめんなさい。


 うわー、でもあたしのお芝居が下手すぎて、嘘だと見抜かれてしまったらどうしよう。


 どっちにしても大炎上だ。


 なんとなく落ち着かなくて、いわゆるエゴサしてみると、圧倒的にあたしの悪口を捏造したものばかり。


 ああ、胃が痛くなりそう。


『そう気にするな、ユイカ。このホテルの場所は誰にも割り出せないように合成してある。もし、たどり着ける者がいるとすれば、それはコウヘイしかいない』


 コウヘイさん、か。


「ねぇノゾ様? コウヘイさんって、昨夜の小さな黒いボワボワしたやつのこと?」

『そう。だがぼくにはそれをイメージすることしかできないから、きみのことを信じているよ。どうした? ユイカ? とても不安そうな顔をして』

「不安っていうか、不安しかないんだけど。あの黒ボアは姿かたちを変えることってあるのかな?」


 残念ながら、ぼくは見えないけどね、とつづける。


『おそらく、今日消したものの分、コウヘイは一つの記録をなくしている。反対にぼくが負けたら、ぼくの記録を一つ、なくしてしまう。ただ、重要機密を渡すとなれば条件があわない限り、簡単には渡さない。けれど。いずれどちらかの記録がからっぽになってしまったら、ぼくはもうこの星を助ける手立てがない』


 どうしてかな? どうしてノゾ様はそんなに素直なんだろう? そして、単なる黒ボアだったコウヘイさんのことを、とても悲しそうだと感じてしまったのはなぜだろう? わからないけど、コウヘイさん。話し合いで解決できる相手だといいな。


「話は取り付けました。それでは参りましょう。お仕事、お仕事〜。ケータリングゥ!!」


 マチ子さんが今までで一番輝いて見えるのはどうしてだろう? そんなにケータリングが楽しみでしたっけ?


 こうしてみんなと並んで歩いていると、かなり昔の刑事ドラマを思い出す。昔のドラマを配信で観たりできるから、電機は便利なんだけどな。


「ユイカさん。大変です。今夜のケータリングでは、内藤さんの特性のカツカレーなんですって。割とさっぱりしていて美味しいですよ」


 今? ケータリングの話を今ここでするあたり、やっぱり臼井だなぁ。


 あ。でも、そうするとマチ子さんが上機嫌だった理由がわかったかもしれない。さっきだって、どさくさで余り物のケーキを食べていたし。意外にも食いしん坊だったんだ。


 あれ? あたし、やっぱり臼井だなぁ、なんて思ってた? おかしいなぁ。昨日まで臼井なんて、どこにでもいるお坊ちゃんだなんて思っていたのに、恋人というレッテルが貼られた途端、演技といっても完全を目指す限り、臼井なんかを意識してしまうだなんて。


 この、あたしが。


 ……これはあたしの直感でしかないけど、臼井はきっと、あたしを裏切る。そんな予感がする。


 だから、引きずられたらダメ。自分を守れるのは、自分だけなんだから。


 エレベーターを出て、マチ子さんが受付になにか言うよりも早く、臼井があたしの肩を抱き寄せて歩いた。どこから群がってきたのか、ものすごい数のマスコミに写真を撮られる。すっごくたくさんのフラッシュをたかれて、一瞬目の前が眩みそうになる。そんなあたしをマチ子さんが支えてくれた。


「えー、ファックスに書いたように、臼井の方は後ほど記者会見を行いますので、質問等はそちらでお願いします」


 マチ子さんがあたしたちをワゴン車に押し込んで、車が走り始めた。


 もう、後戻りはできない。


 つづく



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