第19話

 コンコン、とドアがノックされる。臼井がドアの向こうを確認して、鍵を開けた。


「おはようございます。大変お待たせ致しました。こちら、朝食のビュッフェから新鮮な食材を見繕ってまいりました」


 うわぁー!! クロワッサン美味しそうー!! こんな豪華な朝食初めてだぁ。


「もしも他に食したい物がございましたら、直ちに運んで参りますが、いかがでございましょう?」


 けど、さ。やっぱり朝は塩粥がいいな。梅干しが乗ってるやつ。あと、できれぼお味噌汁も。


 ところが料理長さん。廊下からもう一つのワゴンを運び込んできた。


「こちらは笠原様への限定メニューでございます」


 おおぅ。なんと、あたしの胃袋を掴まれてしまった。和風の朝ごはんなんて久しぶりだよぉ。


「内藤さん、とりあえずドアを閉めて、それから自己紹介をしてくれないかな?」


 さすがは臼井。臼井のくせに、気が効いてるぞぉ。


「はい。では、皆様はお食事をなさってください」


 熱々のお味噌汁が、筋肉痛にしみるぅ。美味しい。美味しいよ、料理長さんっ!!


 で、みんながそこそこ食べ始めた頃、料理長さんは自己紹介を始める。


「わたくしの名前は内藤 リョウと申します。かつてはプログラマーとしてノゾ様に従っておりました」


 そっかぁ。みんなどこかで電源の世界でつながっているってのに、あたし、なんの取り柄もなくて、あせっちゃうな。


「ユイカさんは人並み外れた集中力と一本線の通った素晴らしいお人柄。それに、誰に対しても媚びないところがたいそう魅力的なのだと思いますよ」


 マチ子さん、あたし、そこまで孤高の存在じゃあないから。


『ぼくも、ユイカの勘の鋭さと集中力。なによりぼくを受け入れてもらえる力強さを感じている。実際、昨日だって、コウヘイはユイカにしか見えなかったわけだし』

「え? そうだったの? 臼井も?」


 はい、とめずらしく臼井が深刻な表情へと変わる。


「ぶっちゃけ、ユイカさん無くして、コウヘイさんを捉えてとどめを刺すことはできなかったよ」


 おお。あたしでも役に立つんだ。


【あんた、もうちょっとくらい愛想よくできないの? 他の女の子たちを見てご覧なさいよ。だからあんたは欠陥品なのよ】


 笑えない、愛想もよくないあたしに、お母さんはそう言って、人目を忍んでののしった。それは幼いあたしに、いくつもの心の奥深くを傷つけた。そんな時はいつも、自分が生きていてはいけないのではないかという寂しさに怯えていたものだ。


 一年ごとに、お母さんの言葉はあたしに呪いのような言葉を投げつけるようになる。


 しかも、お母さんはコネを作るために、あれやこれやと監督から監督に乗り換えて関係を持っていた。あたしはまだ小さな子供だったけれど、それくらいのことは多少の知識はあった。 


 だから、お母さんのことはいつもすごく軽蔑していた。そう、今でもだ。


 あたしの仕事の為だなんて嘘ばっかり。自分が裏側で天下を取りたいだけなのだから。


 あたしは二十を過ぎて、ようやくお母さんから開放された。結局、助監督風情で妥協したのだ。けれど、お母さんのなけなしのプライドで、年下の映画の助監督さんと再婚を決めたのだった。


 結婚するとすぐに妊活をと焦るお母さんを見限って、いろいろと都合が悪いから、あたしには出て行けって言われたっけ。


 あたしはいつでも暗い闇の中に入ることができる。


 だけど――。


「ユイカさん、このクロワッサンサックサクで美味しいですよ」


 臼井のくせに、気が効くな。本来、お母さんはこんな風に育ってほしかったんだろうな。明るくて、よく笑い、よく話すような子供を。あたしとはまるきり真逆じゃない。


 もう、お母さんの呪いは解けているだろうか?


 みんなの豊かな表情を見ながら、あたしがここにいてはいけないような気がするのだった。


 つづく


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