まぼろしなんかじゃなくて
第15話
気持ち悪かったのもほんのつかの間。ノゾ様が端末に酔いどめを流してくれたおかげでなんとか早く立ち直ることができた。
改めて自分が置かれた状況を確認する。あたしたちは宙に浮いていた。しかも、下はすでにバトルが始まりそうな気配も感じる。夫婦だろうか?
「なんだよ、コレ? なんでおれのスマホが呪われてんだよ? ミカ、お前なんかしたんだろう!?」
中年と思われる男性は、いらだってスマホを壁に叩きつけた。彼の妻と思われる女性は、目をギラつかせている。この人たちからはあたしたちが見えないんだろうな。
「ユイカ、コウヘイの気配を感じたらぼくに教えて。一瞬動きを止めさせるから、その間にワクチンを打ち込むんだ」
コウヘイさんの気配って? 会ったこともないのに? まさか、人間の姿だったりする?
「あーあ。もうたくさん。あんたなんかと一緒にいるより、彼の方がずっと若いし、お金もあるし、なによりとっても魅力的だもの」
「おまっ、ふざけんなよ!? たかがホストになに入れ込んでるんだよ!? それでこの前、保険を全部解約していたのか!?」
痴話喧嘩の最中に、新しいなにかを感じ取った。暗くてちっぽけな、まぁるくてもやもやしたもの。
『アレのこと?』
「ユイカ、上出来!!」
素早い速度で移動したノゾ様は、黒くてボアボアしたものに向かって吹き矢を吹いた。それが見事に刺さる。
「臼井、早く!!」
「よしきた!! てぇ〜やっ!!」
なんだかよくわからないけれど、臼井の手のひらからビーム状の光が輝いて、そして部屋全体が和んでゆくように広がってゆく。
そして、黒いのも消えてしまった。
『え? これで、終わり? コウヘイさんは?』
「コウヘイはきみが見つけてぼくらで始末した。だが、あの程度では、彼の部品のわずかな記録が消えた程度だ。だからまだ、彼は生きている」
『もしかして、人間の負の感情を膨らませて、殺し合いに発展させたりする?』
御名答、とノゾ様は手を叩いた。
「ぼくの吹き矢が当たりさえすれば、取り敢えず呪いは解除される。後は、彼らに任せるのみだ」
つまり、本当にあたしたちができるのはここまで、ってことかぁ。できれば穏便にすみますように!!
けれど、ふいに二人の姿から怒りが消えてゆくのがわかる。臼井が得意そうに、おれ治癒能力? みたいなのをノゾ様からお預かりしておりまして、なんてニヤけるから夫婦に目を落とした。
「ごめんなさい。あたし、あなたが浮気してるんじゃないかって思ったら、居ても立っても居られなくて。占い師にホストクラブに行くといいってそそのかされたの」
「じゃあおれの責任じゃん。ごめんな、ミカ。気づいてやれなくて。それに、実はおれ、調理師になりたくて、修行に没頭しすぎて帰るのが遅くなってた。これからは気をつけるよ」
ミカさんは、旦那さんが放り投げたスマホを取り上げた。
「呪いが、消えてるわ」
「本当だ。変なウィルスとかだったのかな? 勝手に再起動してる」
そこで旦那さんはふふっと笑い出す。
「ミカ、ずっと不安にさせていたなんて」
そこにはもうどこにもコウヘイさんの気配はなかった。
「任務完了。ユイカ、またワープするから」
なんだか知らないけど、すごいことを成し遂げた気分。あたし、少しは役に立てたのかな?
そしてまた案の定、帰りもワープ酔いをしたのだった。
つづく
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