第10話

 ほんの少しばかり眠ってしまった。人前で寝ることなんて、滅多にないのに。情報量過多で偏頭痛出たせいかも?


 それにしても。あたしはやっぱりって信じられないや。


 あたしの理想の家庭像は、両親がそろっていて、時々は喧嘩してもいいけど、基本仲良く御飯食べて、くだらないことでただ笑い合ってくれたらそれだけで幸せなんだろうなって、ずっとそう思っていた。だけど、子供の頃にお父さんが出て行ってから、そんな理想はありえないと悟った。なぜならお父さんはそれ以来、帰ってこなかったからだ。


 お母さんは母子家庭制度を利用しつつ、あたしを子役にしたてあげた。もちろん正攻法じゃなかったかもしれない。


 あたしが笑えなくなったのは、ちょうどその頃だったかな? 大切な人たちの腹黒い部分を見てしまったから。夢なんて、木っ端微塵に砕け散った。


 けど、それはもうずっと昔の話。ぼんやりしつつ、半身を起こすと、額から濡れたタオルが落っこちてきた。濡れタオル?


「あ、ユイカさん目覚めました? 余計なお世話だったかもですが、すごくうなされていたので額、冷やしておきました。あの、気分はまだすぐれないでしょうか?」


 臼井のくせに、なんかムカつく。


「えーと。下のビュッフェでチョコレートフェスやっていたので、たくさんもらってきちゃいました。お肉も冷めちゃったけど。あと、新しいシャンパンも追加しておきましたので、よかったらどうぞ」

「臼井――、さん」

「いや、そこは呼び捨てで構いませんよ?」


 まだ少し眠いけど、チョコは食べたい。こんな時は、甘いもので血流を促す。


「じゃ、臼井。いつからあたしのことを好きになったの?」


 できれば汚点でしかないC級映画とか言わないで欲しいな。


「葬儀場のコマーシャルです」


 息を呑んだ。あれは、子役人生の総決算だったから。


「まるで本当に大切な人を亡くしたかのような表情と、最後の涙。それで、おれはこの人を幸せにしたいなって思ったんです」

「どうして?」


 あんな、十五秒ほどのコマーシャルで?


「おれがハッカーになったのは、母さんに捨てられたからなんです。ほかの男と出て行って。父さんは探すことすらしなかった。それが、許せなかったんです。だから、ハッカーになって、父さんも母さんも、どこにいてもみんな、全部ぶっ壊してやろうって思いましたよ。今考えても笑えるでしょ?」


 あたしは、自分の意志とは思えないほど強く、臼井のシャツを握りしめた。


「そんなふうにやさぐれたおれを癒やしてくれたのが、ユイカさんだった。そして色々と調べて、あなたもおれと似たような経験をしているんだって、わかって。あの涙、台本にはなかったのでしょう?」

「え? なんで?」

「おれにはわかっちゃったんです。ユイカさんがとても孤独で寂しい思いを抱えていることに。不器用な笑顔しかできないのは、そのせいだってことも。だから、おれがあなたを――」

『勝手に告るな、臼井のくせに。うっかりカップルが成立したらどうしてくれるんだ? それは絶対にありえないだろうが』


 はっ。ノゾ様の声。テレビ画面には、のほほんと牧場でくつろいでいるノゾ様の姿があった。オーバーオールと麦わら帽子、案外似合っていて可愛らしい。


「はい、ユイカさん。料理長の一番人気、チョコレートパフェですよ」

「あ、りがとう」


 こんな程度でうっかり臼井に気を許してしまうところだった。危ないったらありゃしない。心が弱っている時ほど、気を引き締めていなければ、付け込まれて利用されるのがオチなんだからね。


 つづく

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