第9話
『どうしてもぼくたちと関わりたくないのなら、今のうちに言ってくれ。ただし、きみの記憶の一部を改ざんしなければならなくなってしまうけど』
本心では、絶対に関わりたくない。全力でこのホテルの窓から降りても構わないほど強くそう思っている。いや、それはよくないか。さすがにこの高級ホテルの皆様にご迷惑をおかけするわけにはいかない。
おさない頃から人との繋がりを薄ら寒い一本の細い糸のように感じていたこのあたしに、仕事以外でなにをさせたいのか、それがわからないと、返事のしようがない。
「それは、どうしてもあたしじゃなければいけないの? だったらやめたいって言っても、強引に記憶操作して、あたしをここに留めたりする?」
『それも考えたのだけどさ。やはり、きみに迷惑をかけるのも考えてしまうのだよ。普通の女の子として、自然に笑いあえる存在と巡り合ってほしいなって。でもね、他の人だと、ぼくの持っている情報量の多さで死んでしまう可能性がある。そして、どういうわけか、きみだけはそれを受け入れられる力を持っているんだ。だから、代理は効かない」
これまで、何度も不安に襲われる事があった。
【ごめんね、笠原さん。プロデューサーの娘さんがどうしてもきみの役をやりたいっていうから、あきらめてもらえるかな?】
【なんの取り柄もない、顔が綺麗なだけの女の子なんて、そこいら中掃いて捨てるほどいるんだよ】
【別にね、きみじゃなくちゃだめってわけでもないから】
無理やり取り上げられた仕事の数々。
あたしなんて、どこからも必要とされていないはずなのに。
「ノゾ様を受け入れても、あたしは死なないってどうしてわかるの?」
『うん。ぼくには人間のステータスみたいなものが見えるからね。きみは特に、電気や電波関連に対してものすごく大きなスコアを持っている。しかもそのほとんどが、あまり使われてはいない」
あたしにしかできないとは、そういうことか。
「じゃあ試しに一回だけ。途中で嫌になったら逃げても良いのであれば」
『本当かい!? 嬉しいよ、ユイカ。きみが仲間に加わることで、どんなに心強いか、わかるかい?』
いや。お世辞はもうたくさん。
『きっかけはやはり、ぼくのシューティングゲームに勝利したことが決め手になったんだ』
「ねえ、あの程度のゲームが本当に難しいの?」
あたしがノゾ様に問いかけると、それは臼井に聞いてご覧、と言うから臼井を見たら、見事に撃沈していた。
『一応最初は、臼井にのみ協力してもらうつもりだったんだ。彼、こう見えても優秀な天才ハッカーだったし、重要機密やスパーコンピュータに侵入されるところだった奴らを防いでいたのは、臼井だからできていたことだし』
うん? まさか、この臼井があの伝説の天才ハッカー? こんなヒョロッとした優男が?
「さっきの、スパーコンピュータを壊さなかったのはなぜ?」
ウィルスにかかってしまったのならば、スパーコンピュータごと破壊してしまえばよかったのに。
『確かに、あれを壊してしまえば、ぼくたちの存在もなくなり、また一から始められたはずだったんだ。けれど、偉い人たちはそれをしなかった。なぜか。重要機密の中には、世界を戦争に導くための項目もあった。資源の少ないこの国が持つ、唯一の手がかりだと信じて、今も存在しているのだよ』
ゔ〜。さすがに頭がクラクラしてきた。戦争なんてしちゃいけない。絶対に。
「臼井、キンキンに冷えたお水をちょうだい」
「わぁ。呼び捨てしてくれたぁ。うっれしいなぁ」
「いいから水!!」
こんな男が本当に天才ハッカーなの? けどまだ、その頃は子供だったんじゃないかな?
冷蔵庫でキンキンに冷えたペットボトルの蓋を回しながら、この短時間で随分いろんな情報をぶっこんできたよね。さすがのあたしでも、少し休みたい、そういうと、臼井とノゾ様は、どうぞどうぞと促してくれたので、慣れない高級ソファに横になるのだった。
つづく
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