キモい、のかもしれない

第8話

『ぼくの名前は星空ほしぞら ノゾミ。設定年齢は一三歳くらいかな? ぼくは、こうしてきみと会えるのをずっと昔から待ち望んでいたんだよ。笠原 ユイカさん』


 あたしの名前を知ってる? でも、なんなの、このテレビ。と思う間にも、画面という画面がノゾミさんというちょっと舌っ足らずな女の子を、あらゆる角度で映し出している。それは少なからず、あたしに対する威嚇とも感じ取れた。あたしなんて、ただのポンコツなので、威嚇しなくても大丈夫なんだけどなぁ。


「えーっと、臼井さん? コレは一体?」

『コレとはなんだっ!! せっかくきみをぼくの仮の肉体として乗り移ってやろうと思ったのに。ぼくのことを知らないからしょうがないけど。本来ならば光栄だと思いたまえ。じゃ、少しだけ説明するか。たとえば、電気や電波が繋がる場所のことならば、それらのデータのすべてを知ってしまえるし、大抵のことは知っている。こういう体だから、知り合いの誰かの端末に忍び込んで、どこにでも行くことができる。ただし、残念ながらぼくの行動範囲はせいぜいなんらかの端末の中や電波の波形しかないから、いわゆる平面の中にしかとどまることができない。さすがのぼくでも、人間界に行くためには、きみの存在が大切なんだ』


 一息に話したせいか、ノゾミさんは大きくため息をついた。画面の向こうでミカンジュースを愛らしい仕草で飲んでいる。それから少し、顔をしかめた。


『酸味が足りないな。グレープフルーツと青いうちのトマト、野いちごに梅干しも加えてみよう』


 突然ゆるい話になって戸惑うも、いや、梅干しはどうだろう? と思ったけれど、それは口に出さずにいた。


『どこまで話したっけ? あ。青いうちのパイナップルと塩コショウが足りないんだ!!』


 それは一体、どこにたどり着く味なんだろう?


「ノゾミちゃんは、AIなの?」

『ちゃん付けなんてしないでくれたまえ。せめて、ノゾ様で。それに、このぼくを電波の世界から完全敗北したAIごときと一緒にするのはやめてくれ』


 AIじゃない? はいっ? あ。一つだけ思い出した。


 それは、あたしがまだ小さかった頃に起こった。


 時代はAIやら人工知能やらと人間が争っていたことがあった。AIがやたらに進化しすぎて、大手企業や学校、病院なんかのデータを人質にした。電気が相手だから、身代金なんて欲しがらず、とにかく国の重要国家機密を知りたがっていた。


 どうしてそんなものを望んだのだろう? あたしにはわからなかったけれど、ウィルスソフトも効果がなく、混乱に乗じて一人の天才ハッカーがAIたちを全滅させて、人類が勝ったということになっている。


 ここまでしか知らないけど、あたしにはまったくなんの興味がない。


『ちっちっちっ』


 ノゾ様は、人差し指を顔の前でフリフリした。AIではない。では、彼女は一体何者なんだろう? 


『簡単な説明は省いておく。確かに、その戦いの中でぼくたちの仲間はほとんど消滅した。今は残り少ない味方と、世界を混乱させようという反対派がいる。ぼくたちは、彼らを止めなくてはならない。なぜなら他の者はともかく、ぼくだけが重要国家機密を知ってしまったのだから』


 愛らしい容姿からは想像もできないほどに冷たい言葉が吐き出されて、背筋がヒヤリとする。


「あ、あの? あたしがここに呼び出されたのと、今の説明の接点ってありますか?」

『あるよ。けど、それはまだ秘密。ぼくはいたずらに人間を怖がらせるようなことはしないんだ』


 けど、そこまで知ってしまったら、最後まで全部知りたくなる。


「喉乾きませんか? シャンパンをどうぞ」


 ぞんざいに差し出されたグラスを一気に煽ると、臼井の前に差し出す。猫かぶりはおわりにしておこう。最悪の場合、これが最後の酒になるかもしれないのだから。


「おかわり」

「はいはーい。いいなぁ。約得だなぁ、おれ。こうして初恋の女性にシャンパンを注いであげられる存在にまでなれるとは」

「なに言ってるの? 瓶ごとちょうだい!!」


 なんだか突拍子もない事に巻き込まれてないか?


『この場において、ジロウを無視してもかまわない。ただ、あまりきつく睨んだり、強い言葉を使うと、変態気質のジロウに喜ばれてしまうから、その辺は注意するがいい。さて、話の途中だったよね?』


 ノゾ様は、今日あたしが出演させてもらったドラマの台本をしっかりと握っている。


『この話、実はぼくが書いたんだ』


 ふぇぇぇぇぇっ!?


「でも、どうやって?」


 思わず声にしてしまうほど驚いた。人工知能を敵に回したくないからな。


『なんてことはない。そこにいるジロウにタイピングを頼んだだけだ』

「もう本当にこういうのは勘弁してくださいよぅ」


 臼井の手がほんの少しばかり震えているのは最初から見逃してはいなかった。なんたら中毒とかではなく、ただの腱鞘炎か。


『あの戦いの最中、人間は大きな失敗をした。ぼくと数名の仲間は、国の重要機密、スパーコンピュータに潜んでいた。それを破壊してなかったせいで、この有様さ』


 ちょっと待って。この子はこの国のスパーコンピュータを乗っ取ったっていうの?


『やはりきみは選んだかいがある。頭のいい子は好きだよ。ぼくが全部話さなくても、わかってくれるのだからさ』


 つづく


 ※もろもろの事情でスパーコンピュータと名付けました。ご了承ください。

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