第8話 嘘

      ◆


 BクラスからAクラスに上がることが夢ではなくなった頃、私の体には薬物の副作用が如実に出始めていた。

 不意にやってくる嘔吐感、手足の短時間の痙攣、不眠と食欲不振。

 だが練習を常にそばで見ているウィンストンも、私の体を管理するアーネストも何も言わなかった。

 彼らが私の異常に気付かないなんてことが、あるだろうか。

 あるわけないと私は考え、その理由を推し量ろうとしたが、答えらしい答えはひとつしかなかった。

 つまりこれは、彼らにとって既定路線なのだ。

 私の体が限界に近いことを二人は理解している。

 それでもまだ走ることができると二人は思っている。

 そうと分かれば、怖いことなどなかった。

 ゼロヨンに参加すると決めた時、初めて薬物を打った時、初めてレースに参加した時、私は同じことを考えていた。

 死ぬまで走る。

 死なないで済めばいいかもしれない。

 でも私の実力からすれば、死と引き換えでなければ勝てないレースは必ず来る。

 私は自分の体について、嘘を口にするようになった。

 どこも悪くない。気分もいい。

 この嘘は、ウィンストンにもアーネストにも通じない嘘。

 でも彼らも、嘘をついてくれた。

 私はトレーニングを重ね、薬を打ち、レースに出続けた。

 だから私は、走れる。

 まだ走れる。



(続く)

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