第3話 事故

      ◆

 

 トラックの強化ラバーのコートを蹴るという自覚もなく、体は動いた。

 強化プラスチック製のシューズはぴったりと足と一体化し、スパイクは深くコートに食い込み、全身の生み出すパワーの全てを地面に叩きつける。

 スタートからの五十メートルの直線などあっという間だ。

 一陣の風の如くコーナーに突入し、イン側を走る三人がやや先行しているのを私はコースの外側を進みながら斜めに見る。その三人は激しく体をぶつけ合い、今にも転倒しそうだ。そのおかげで私との差は少しずつ縮まっている。

 このレースでは転倒など日常茶飯事。私も、他の選手もそれを虎視眈々と狙っている。

 私は遠心力を無理矢理にねじ伏せ、コーナーを突破。

 バックストレートの直線の一〇〇メートルに入る段階でも、やはり先を三人が行き、そこに二人がついていく。私はその二人組の方の外側に位置していた。

 と、その二人組のうちの片方が姿勢を乱し、もう一人に衝突した。

 足元に倒れ込むような形だった。

 全力疾走する人間の勢いには恐ろしいものがある。それが薬物により超人と化した人間となればなおさらだ。

 二人はもつれ合って転倒し、そこにすぐ後ろを走っていたもう一人が避けきれずにさらに巻き込まれた。その三人はコートを転がって、動かなくなったようだったが、見ている余裕はない。

 これでレースは残り五人で競われることになったが、私と先を行く三人の間にはまだ距離がありすぎる。

 少しでも間合いを詰めるべきピッチを上げ、必死に腕を振っていく。

 コーチの言葉。

 普段通りにやればいい。

 その声は置き去りにならず、耳元で繰り返された。



(続く)

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