第10話 東京の人と地方の人の対照性

 今回、ネオン輝く新宿の街をウロウロしていた時、ちょっと感じたことがあります。

 それは東京の男性はみんなマッチョだ、ということです。

 これはうまく説明できる自信がありませんが、地方にいる人はどことなく細身で、ひ弱な感じだと感じました。東京の人は、どんな人でも肩幅ががっしりしていて、グッと胸を張って、自信に溢れている。背広を着ている人でさえ、地方の人と東京の人では違うように見えた。

 そもそも、都会の人はみんな生き生きとしている。疲労の気配なんて少しもなくて、みんなキラキラ輝いている。あれはなんだろう、服装の影響なのかな。女性はみんな洗練されていて、ファッショナブルなんですけど、男性の服装に関しては確かに先端的というか、現代的なんですが、あまり地方と都会の差は感じない。まぁ、そもそも地方の男性はみんな平凡な格好しかしないかもしれないけど。

 僕は今まで、あまり都会と地方でもそこに住む人は大差ないと思っていました。でも今回は、明らかに別のものだと感じました。体型や姿勢、服装、髪型とか髪色とか、いろんなものが実は違う。これは人が違うというよりは、文化が違うのかもしれない。その文化を何が形成しているかといえば、お金、経済力ではなくて、お店の有無、あるいは他人の有無、そういう環境なのではないか。具体的には、服装についてこだわろうとしても、お店がないから通販とかで買うしかないし、それ以前に自分と同じ趣味の人間がそばにいないと、参考にする対象もいないし、自分と他人、あるいは他人と他人を比較することもままならない。結局、地方の不思議な「地方っぽさ」は閉鎖された環境が醸し出す、ある種の停滞なのかもしれないな、と考えたりしました。

 これはどうでもいいですが、僕の生活圏にはないのですが、地元へ行ってみるとど田舎なのに何箇所もスポーツジムがあって、どうにも僕は馴染めないけど、これが都会の文化の流入の片鱗なのかもしれない。いつかそのうち、地方の人も肩幅が広くなり、胸板が厚くなり、ぐっと自信満々に街を闊歩するマッチョになるのかもしれない。でもきっとその時には、東京ではまったく別の文化が花開いているんじゃないかな、とも思う。

 何もかもが一歩遅れてやってくるのが地方で、都会では地方とはまるで違う世界が、まるで違う速度で、まるで違う密度で、流動し続けているようです。

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