「………!」

病室に駆け込めば、そこにいたのは、真新しいベッドに横たわるアイツの姿だった。

不思議な空間だった。

静かだ。それは他と変わらない。

 だが何か違っていた。

何といえばいいのか分からないが、この空間は、生きていた。

何もかも死んでいる病院とは違う、生きた雰囲気がした。

 「…おい、大丈夫なのか…」

「うん?…ああ、キミか。来てくれたんだね」

 弱々しい、しかして確かな声が聞こえる。

「キミかって俺のことがわかるのか?」

「もちろん。…って言えば嘘になっちゃうけど。わかるよ。

記憶じゃないんだ。何ていうのかな…そう、魂。アタシの魂がキミの事を覚えているんだよ」

「なんだよ魂って。そんなことあるわけないだろ」

いつもとはまるで違う……否、声こそ弱くあれコイツはいつものままだ。

それがわかった瞬間どっと疲れが押し寄せる。

 あのメモを見つけた後直ぐにコイツの病室を施設の奴に聞いた。

俺の気迫に気圧されたのか、事務職風の女はあっさりと病室を明かした。

病職員としてありえない態度だ。だが今はありがたい。

 「まあ、そうかもね。

現実的な話をすると、毎日日記をつけているから。かな」

おかげでもう一度会えた。たとえもう気休めにしかならないとしても。

「成程。案外マメなんだな」

「そりゃあこんな症状ですから」

「……!わ、悪い」

どうしてだろう。コイツといるとどうも頭が回らない。

「あーもう、そんなの気にしなくて良いってば。ホントに心は硝子なんだね」

「…それも日記に書いてあったのか」

「うん、豆腐メンタルだって」

「…成程」

 交わす会話は初めて会った時と変わらない。

コイツと話す時だけは、俺も生き返ったみたいだ。

「はあ、全く。お前はいつも通りだな。

…それでどうしてあんなメモを残したんだ」

 その言葉で少し雰囲気が変わる。

触れてほしくなさそうだが、こちらとしては触れぬ訳にはいくまい。

「…言葉の通りだよ。もう会えないと思ったから。それだけ」

「…やっぱりどこか悪いのか」

 体調の急変。一年前も能力を使いすぎて体調が急変しそのまま死んでいった奴もいた。

だが、能力が無くなった今となってはそんなことは起きないはずだ。

「先生達にも良くわからないみたい。これは能力者特有の症状だから」

 ふと、気が付いてしまった。

有り得ないことだと、思考から排除してしまっていた。

まさか。そんなはずは。

「まさか、お前…」

「…うん。アタシは今でも能力を使える。

アタシの力は〝他人の記憶を読む〟ってもの。

これがあれば記憶が無くてもあるように振舞えるでしょ?」

「…!」

 まさか、そんなことが。

生き残った者全てが能力を失ったと思っていた。

 事実俺も能力は失った。

「代償があるってことは、それによって何かを得る権利がある、ということ。キミも他の皆もきっとまだ力は使えるはずなんだよ」

「馬鹿な。俺はもう力は使えないぞ。

現に目の前のものですら俺はもう、動かせない」

 もし今でも能力が使えるのであれば、ここは大変な事になっていただろう。

仮初とは言え、平穏は保てまい。

「そうだね。だからこそ、アタシは特別扱いで、ずっと監視されてずっと調べられる。

先生たちはアタシよりもアタシの事を知ってるかも」

「……」

 それもそうだろう。

ここには赤子の手をひねる様に人を殺すことの出来た能力者もいる。

そんな奴らに目覚められてはたまったものではないのだろう。

だからこその監視。

なればこその検査。

 ……聞くだけで気分が悪くなる。

「…それと、今回の件はどう関係が?」

だというのに、訊いてしまう。

他人の傷を抉るようなことを、訊いてしまう。

「ふふふ、それはね」

それでも嫌がりもせず答えてくれる。

それどころか、俺との会話を楽しんでいる。

そう、感じた。

「外に出ていいって、ある日言ってくれたの。

それがキミと初めて会った日だね。

…その日からキミと話をするために無意識に力を使っていたみたい。

使っていたのは一日二日だけだったはずなのに、もう体を壊しちゃうなんて、

きっと一年前もアタシは逃げてばっかりだったんだろうな」

自分の事を日記を見ながら話していく。

 いや違う、そんなことよりも。

「おい、それじゃあ」

「俺のせい。なんて言うのはやめてよね」

「なんで!事実俺のせいだ!俺のせいで…また…」

「やめて」

凛とした声が響く。

「そうなったのはアタシのせい、力を抑制できなかったのも、キミと関わろうと決めたのもアタシ。

ほら、君は何も悪くないでしょう?」

そういって微笑みかけてくる。俺にはその笑顔を直視なんて出来ない。

そんな資格など、さらさら無い。

「だとしても、そうであっても!俺は…」

「あの人のこと、気にしてるんだよね」

「!?」

あの人とは、きっと彼女のことだ。

「ふっふふ、アタシは何でもお見通しなのです」

「お前、また…」

「……気にしないで。なんて言えない。アタシがキミの立場になったら、物凄く苦しいことくらいわかる。

そんな事あの人だってわかってたはずだよ。分かっていて、悩んで、それでも決めたんだ。

苦しみ続けてでも、キミに生きていて欲しいって」

やめろ。やめてくれ。

そんな物言い、やめてくれ。

お前がまるで、彼女の生き写しに見えるじゃないか。

   ……いやもう既に俺は、コイツに彼女を重ねていたじゃないか。


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