その日俺は俺達を率いるリーダーに、委員長に呼び出されていた。

呼び出しを受けたのは、寝床から遠い鬱蒼とした森の中。

視界も悪く、斜面も急で一歩間違えば大怪我をしてしまいかねない。

「やあ、待っていたよ」

 そんな場所で委員長は一人佇んでいた。

「悪い、待たせたか」

「そんなことないさ。こちらこそ悪いねこんなところまで呼んじゃって」

 風の音で掻き消えてしまいそうなほど、その声には覇気が無い。

皆の前ではリーダーとして気丈にふるまって見せてはいるが、事実最も能力を使い…最も代償を払っているのもアイツなのだ。……無理もない。

「大丈夫だ。なに、皆には聞かれたくない話があるんだろ?」

「ありがとう……なら、早速本題に入ろうか」

彼は虚ろな目で切り出す。

「ひとつ……確認しておきたい。君は、僕の、親友、か?」

俺を見つめそう問いかけてくる。その瞳からは真意を読み取ることは出来ない。

だが、答えは決まっていた。

「当たり前だ。俺はお前の親友だ。誰が何と言おうと、お前がどうであろうと」

「……君は、僕の味方か?」

その質問にも大きく頷く。

「そうか。うん……そうか、良かった」

それを見たアイツは安堵したかのように表情を緩ませる。

「親友。君に頼みがあるんだ。聞いてくれないかな」

「俺に出来る範囲ならば何とでも」

その瞬間、煩かった風が止んだ。

その所為で次の言葉は俺の脳裏に深く刻まれる事になる。

「僕を…殺してくれ」

理解が出来なかった。

頭ではわかっていた。心ではわかろうとしなかった

予感はしていた。予想などしていなかった。

「お、おいお前!何バカなこと言ってんだ!お前はリーダーなんだぞ!」

気が動転していた所為か。そんなことを口にしていた。

「リーダー……リーダーか。結局僕に出来たのは学校の委員長止まり。リーダーなんて器じゃなかったんだ」

「そんなことはない!お前がいてくれたから俺たちは生き延びられた!ここまでこれだけの人数が生き延びられたのだってお前のお陰なんだ!お前が、未来を見てくれたから!」

「未来…ね」

「……!」

失言だった。

軽率だった。

 〝任意による未来視〟

それが、アイツの能力だった。

 それは正しく神の御業。超常の力。

戦闘経験など全く無い俺たちが生き残るには、この力に頼るしかなかった。

「僕はこの数日で数え切れないほどの未来を見た。今まで夢想するしか無かった未来を、いくつも観測してきたんだ。

僕が未来を見ることで、不可能だった戦いに勝利する事が出来た。死んでいく筈だった命を、救う事が出来た。

嬉しかったよ。こんなにもハッキリと誰かの役に立てるなんて。

でも」

 ここで一息、言葉を止める。アイツにはもう、俺なんて見えていなさそうだった。

「…でもね、未来が見えたからって全員を救う事は出来ない。未来を変えたことで、本来死ぬはずじゃ無かった人が死ぬこともある。そうなれば残された者は僕を恨むだろう。いやはや当然だ。僕の立てた作戦で人が死ぬ。全くもって許されざることだ」

 まるで他人事の様に、アイツの独白は続く。

「そして、何より、未来を見るたびに僕は、ボクを失っていった。

一つ、一つ、パズルのピースを抜かれてていくが様にね」

 そう、それがアイツの代償。

未来を視るたびにアイツは記憶を失っていった。

 それもただの記憶じゃ無い。

アイツ個人を形成する、核となる記憶を狙って持っていく。

 未来を視るために、過去を失っていく。

それがアイツに科せられた呪いだった。

「初めは思ったさ。法外な奇跡にしては軽い代償だなって。

でも、繰り返すたび気づいたよ。

自分が自分で無くなっていく恐怖に、ね。

ただ記憶を失うのとは違う。

何を失くしたのか、どれ程重要だったのか、それすらも分からない。

気づいた時には、空っぽさ」

 長い独白が終わる。

俺は、何も言い返せなかった。

分かっているつもりだった。寄り添っているつもりだった。

だが、結局そうなのだ。

アイツ自身の絶望はアイツ自身しか分からない。

 だからこそこれは呪いなんだ。

「……だから、僕が、君のことを親友と、認識出来るうちに、僕を、殺してくれ」

アイツは今一度はっきりとそう口にした。

「できない。それだけは、なにがあっても」

「……」

「お前の苦しみを理解できるとは言わない。

でも、それでも死んだら終わりなんだ。死なないために死ぬような思いをしてここまで来たんだ。そして、それはまだ終わっちゃいない。無駄にしちゃいけないんだ。全部。

それに…親友を手にかけるなんて…死んでも御免だ」

「………」

アイツはその時どんな表情をしていたろうか。何を考えその後の行動に移したのだろうか。

「……そうか、すまない。僕は、君にとんでもないことをさせようとしていたみたいだ」

「わかってくれて何よりだ」

少なくともその時の俺はいつもの委員長に戻ったと思ってしまっていた。

「親友に手を汚させるなど、なんて馬鹿だ。

そんなこと、してもらう必要も無かったんだ」

なにを

言葉は出なかった。

それより早く、アイツは、

切り立った崖の下へ、

落ちて、

行った。


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